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事務局日記
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4.22026
1992国際会議資料 8 「予防検診による子どもの罹患率」 #チェルノブイリ40
チェルノブイリ40周年を前に、さまざまな資料をアーカイブとして記録していかないといけない、という思い。しかし、その報告書をつくった人たちの知識レベルと紹介するこちら側の知的レベルの差がありすぎて、なかなか、出せない部分もありました。たとえば、ロシア語→ドイツ語→英語、などの翻訳。
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4.12026
1992国際会議資料 7 「小児における腎疾患の発生と経過」#チェルノブイリ40
1992年にチェルノブイリ原発事故の影響から救援を呼びかける世界会議が行われ、そこで配布された資料をご紹介しています。 今回は、腎臓にフォーカスされた報告です。 腎臓は体内に入った放射性物質が通過するところですし、検出しやすいセシウムについての被害の報告です。
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3.312026
1992国際会議資料6 「小児高血圧の病因予測システム」二つの報告 #チェルノブイリ40
1992年の国際会議(救援のための…)の配布資料のご紹介をしています。今日は、子どもの高血圧が汚染地域で問題となってきていることがうかがえる、関連してる日本の事故から数年後のときのものですが、大人の心臓死が問題になっていきました。
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3.302026
1992国際会議資料 5 乳児(小児)における気管支喘息の初期予測(発症前診断) #チェルノブイリ40
今回は、事故後、汚染地域で問題になっていたと考えられる子どもたちの気管支喘息の増加…について。重症化する子とそうでない子の違いを知り、予防につとめたい…という意図があります。
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3.292026
1992国際会議資料 4 造血障害への早期診断 #チェルノブイリ40
ここから何回か、具体的に国際会議で配布されていた資料のなかでも、子どもたちなどの人体の異変について、科学者たちがどのようなアプローチをしていたかの文書を、何回かにわけて紹介していきたいと思います。いわゆる正式な論文というよりよりは、抜粋という感じです。
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3.282026
1992チェルノブイリ国際会議資料 3 「個々の放射能の危険性の概念」 #チェルノブイリ40
しばらくあいてしまったのですが、1992の国際会議の資料のご紹介の続きをしたいと思います。正直にいうと、かなり難しい内容です。私たち一般人にとって。この論文は、旧ソ連、科学アカデミーの科学者たちが、「被ばく」とどうとらえていくか、ということについて述べています。
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3.122026
当時15歳だった私が生きた15年・非県民、非国民と言われたあの日から#わかなのブログ
VOl.3私は、世界から核を無くしたいと思っています。これをお花畑や理想論だと鼻で笑う人がいますが、私は決してそうは思いません。2011年3月11日、私は福島県伊達市に住んでいました。当時15歳、中学校の卒業式の日でした。
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3.112026
3.11から15年 生きている声
早いものでもうあの悪夢の原発事故から15年ですね。どうやって、生き延びたのか…もう思い出せないぐらい、毎日、あれやこれや問題をSNSに投稿していたように思います。
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2.182026
#わかな十五歳 わかなのブログvol2
歴史を振り返るということ――原爆・原子力・そしていま広島の原爆資料館は、1956年に一時「原子力科学館」として使用されました。そこで開催されたのが、いわゆる「原子力平和利用博覧会」です。
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2.72026
#ママ戦争止めてくるわ
明日選挙ですよね。私たちは、チェルノブイリ救援団体です。被災した人、子どもたちを助けるためのNPO法人ですから。いま、ウクライナとロシアで起こってる戦争には胸がつぶれそう。一刻も早く停戦してほしい…。そして日本の子どもたちも守りたい。
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