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noraの記事一覧
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3.282026
1992チェルノブイリ国際会議資料 チェルノブイリ核惨事の世界3 「個々の放射能の危険性の概念」 #チェルノブイリ40
しばらくあいてしまったのですが、1992の国際会議の資料のご紹介の続きをしたいと思います。正直にいうと、かなり難しい内容です。私たち一般人にとって。この論文は、旧ソ連、科学アカデミーの科学者たちが、「被ばく」とどうとらえていくか、ということについて述べています。
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3.122026
当時15歳だった私が生きた15年・非県民、非国民と言われたあの日から#わかなのブログ
VOl.3私は、世界から核を無くしたいと思っています。これをお花畑や理想論だと鼻で笑う人がいますが、私は決してそうは思いません。2011年3月11日、私は福島県伊達市に住んでいました。当時15歳、中学校の卒業式の日でした。
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3.112026
3.11から15年 生きている声
早いものでもうあの悪夢の原発事故から15年ですね。どうやって、生き延びたのか…もう思い出せないぐらい、毎日、あれやこれや問題をSNSに投稿していたように思います。
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2.182026
#わかな十五歳 わかなのブログvol2
歴史を振り返るということ――原爆・原子力・そしていま広島の原爆資料館は、1956年に一時「原子力科学館」として使用されました。そこで開催されたのが、いわゆる「原子力平和利用博覧会」です。
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2.72026
#ママ戦争止めてくるわ
明日選挙ですよね。私たちは、チェルノブイリ救援団体です。被災した人、子どもたちを助けるためのNPO法人ですから。いま、ウクライナとロシアで起こってる戦争には胸がつぶれそう。一刻も早く停戦してほしい…。そして日本の子どもたちも守りたい。
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2.52026
555,000を追え2 それは 8,535Bq/kg
555,000 Bq/㎡ はチェルノブイリ法で立ち入り禁止エリアです。そこで何が起こっていたんでしょう?1)小児甲状腺がんの発症のはじまりエリアこの図は、小児甲状腺がんが、555,000エリアから最初に発生していたことがわかる図です。
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1.302026
#わかな十五歳 わかなのブログ
『わかな十五歳』の著者のわかなです。私は東日本大震災と原発事故があったとき、15歳でした。私は当時福島県伊達市というところに住んでいて、2011年5月に家族で山形県に自主避難しました。今は自立して北海道で生活しています。東日本大震災と原発事故から今年で15年。
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1.222026
チェルノブイリ法の555,000を追え #チェルノブイリアーカイブ
しつこいようですが、これからチェルノブイリ40周年でいろいろ、アップしていこうとおもうのです。しかし、チェルノブイリ法で制定された旧ソ連時代のセシウム137の汚染のリスク分けがいろんなところにでてくるので、動画にもしてみました。
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1.152026
チェルノブイリの強制移住 555KBq/㎡ をさがせ
実際に、このような図を、チェルノブイリの救援のときには、いろんな場面でいただきました。しかし…それは汚染地域の人たちが日常つかってる単位ではないのです。私たちが知ってるのは「ここは〇キュリー」という説明の枕詞です。なので、この図表の意味は全然わかりませんでした。
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1.72026
1992国際会議「チェルノブイリ惨事後の世界2」生態系への影響
「チェルノブイリ惨事後の世界1」に引き続き、このたびは、生態系への影響に対する報告をご紹介します。かなり長文ですので、PDFでご紹介するとして、一部は抜粋してみます。
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