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避難した人と運動してる人の体調不良

チェルノブイリの救援をしていて、私たちの救援の対象は主に二つに分かれていました。
一つは汚染地域の子どもさんと親たち、そしてもう一つは強制移住させられた子どもさんと親たち
です。
もう強制移住させられたんだから、汚染の中にいないからいいじゃないか?汚染地域の子どもを優先しよう…という声も確かにありました。
けれど、旧ソ連の崩壊に伴い、経済破綻をしたベラルーシでは、大混乱でしたし、「小児甲状腺がん」に子どもたちをさせてはいけない、という恐怖心で、ご縁のあった子どもたちを救援することにしていました。
ドイツとちがって、私たち日本のグループは、大勢の子どもたちを日本に保養に招待してあげられないので。
しかし…
確かに強制移住の政策は大急ぎで行われたこともあり、北海道の酪農地帯のようなところからいきなり東京の団地群に引っ越しさせられたような、違いすぎる環境に不適応のストレスもありました。また、経済破綻により、働いても給料で食べ物を満足に買えない…という状態が何年も十年以上も続いたと言っては過言ではありません。
農村地帯にいるときは、食べ物は自給自足で、冬に大地が凍り付くベラルーシでは秋の内に保存食をつくってしまう。
そういう暮らしでした。
だから、給料遅配といっても、誰も飢えて死ぬということがなかったのです。
しかし、都会に移住させられた人たちには「ダーチャ」という小さい畑が割り当てられておらず、飢えに近い状態の家庭もありました。一ヶ月分の給料でビタミン、つまりオレンジを買ってももう何も残らない、二袋かったらスッカラカンというほどの為替レートでのベラルーシルーブルの下落。
私たちが訪問したとき「100ドルの両替を私にさせてほしい」という強制移住させられたあるお母さんが言いました。
つまり、私たちがベラルーシの銀行で両替するより、闇ルートで両替した方が多くのベラルーシルーブルになるというのです。毎日下落するベラルーシルーブルですから多少、今損しても、あとで、銀行にもっていけば元が取れるというものなのでしょう。
しかし、「それは違法行為だから、できないよ。そういう形でお母さんを助けてあげられない」といったときのお母さんのガッカリした顔を今でも思い出します。団地の玄関の前には大きな板の箱をつくりその中に、汚染地域の親戚から送ってもらったジャガイモが、日本風に言えば10箱以上入ってましたが。そして大きな南京錠。
ジャガイモだけで半年過ごす。
そういう生活では、栄養不足は当然で、都会に移住した人たちは顔色が悪く、「汚染地域にいる人のほうが元気に見える」と小言を漏らしていたほどです。
「でも…帰りたいとは思わない、苦しくても。」
当時は現在進行形でいろんなニュースが入ってきて、何が将来起こるのか、誰も想定できませんでした。
小児甲状腺がん、増え続ける生産年齢人口の突然死、みたことのない病気。チェルノブイリエイズ。
ただ、調子悪くなる病気(検査しても病名がつかない)などなど。
そうして、それがだんだんと人々の確信にいたったのは、汚染された食べ物である。
ということ。これは、科学者や医師たちの努力もあると思います。
もちろん、ベラルーシ国内および海外ボランティア団体による救援活動の結果でもあると思います。
さて、ヒバクしたら死ぬしか無いのか…?といえば、個体差があるよ、生活の仕方でも違いますよとは、言えると思います。
子どもで言えば、ものすごいピンピンしていた子が病気になったときは結構重症。
少々普段からあっちが痛いこっちが痛い言ってた方が、柳に枝おれなしということも確かにあるのかもしれません。
そういうこともみな体験なのです。
そして…誰がどうみても、汚染地域のほうが状態は深刻なのは明らかでした。
私たちはどういう状態であれば、少しでも、苦しみを和らげることができるのか…
「自然由来で抵抗力が上がる物を探してきて欲しい」という科学アカデミーのアドバイスにもとづいて、さまざまな健康食品などを調べました。
それで、EMの紹介を福島原発事故後にしたのですが、非難されることはわかっていました。
けれど、それを体験として紹介しない…ことは、私たちの正義に反することだったのです。
人々はさまざまな痛みに苦しんでいましたが、それは、東電原発事故のあと、NPO法人食品と暮らしの安全基金」がウクライナで1Bqの食品でも、体中に痛みをもたらすことを調べて発表しています。
内部被ばくがどういうメカニズムで痛みをもたらすのか、あるいは発生したヒドロキシラジカルなどが、身体を酸化させて怒ってるのか、まだまだわからないのです。
本当のところは。
科学アカデミーがなぜ自然由来…といったのかというと、ケミカルなものの副作用と酸化…ということにとてもナーバスになっていたように思います。
肥田舜太郎先生が、広島で被ばくされた方がたに通信を書いておられ、ヒバクしても長生きしよう!とずいぶん励まし続けておられました。温灸、をこことここにしたらいいよ。とか、どうしたらがんにならないか…(当時はまだまだガンのメカニズムさえわかっていなかったのですから。)。
それで、長寿の人を訪ねて調べて、
早寝早起き、食事の時間を一定にする、適度な散歩でイライラしない
などアドバイスされていました。
私たちも改めて、事故後、抵抗力をあげる(ケミカルな治療法ではなく)を調べてみて、
結局、
・睡眠
・食事の時間
・精神安定
に行き着くのだと。同じ結果に行き着く。
そして、西原克成先生の、口呼吸を鼻呼吸に戻し、冷たいものの飲み食いは辞めて、たっぷり睡眠を取る。
というお話しを聞いて、きわどい状況ながらも、健康になるには、寝ないとダメだし、夕ご飯も早めに軽くすませるほうがいいのだと、実感できてきました。
そして…なぜ、避難したのに、まだ具合悪いのか…ということもベラルーシの強制移住者さんがおっしゃっていた皮肉も少し思い出しつつ。
つまり、生活が大変なんです。ゆっくり休養がとれない、身体に栄養のあるものを、安心した状態で食べられていないのです。移住ということはゼロどころかマイナスからのスタートです。
人間関係も作り直し、若くは無い中での、新しい環境への適応の努力…などなど。
これらのストレス。
安保徹先生の書物から少しなるほどと思うことを紹介させていただきます。
【病気にならない免疫学】(マキノ出版 安保徹・赤池キョウコ)
ヒバクすると、自律神経が狂ってしまうのですが。
私たちの近代生活はそもそも、自立神経にとって良い状態ではありません。
夜遅くまでこうこうとついてるネオンや電気、しかも刺激の強いLED。冷暖房完備すぎる環境などなど。
人工的な快適な環境がいいというものでもないのです。
自律神経には、交感神経(興奮させる)と副交感神経(細胞を休息させる)
があり、大脳の指令を受けずに、状況によって身体の機能を調節しています。

夕方5時頃までに、軽く夕ご飯を食べるのがいちばんいい、という中国医学の方からアドバイスいただいたのです(しかも食後は軽く家族で公園でも散歩)が、
そんな日本人はどこにいるでしょうか?
昼の職場や学校が過度に緊張を強いられる場合、家に帰ってきて、食事をしながら家族でおしゃべりしたりなんだかんだしてたら、あっという間に10時になってしまう。
そういう人がほとんどです。
夕方5時にご飯を食べることができるなんて、相当幸せな人ということになるでしょう。
移住して、生活の立て直しで、くたびれて家に買ってきてから…。
反原発運動やさまざまな運動をやってる人は、そこからまた「交感神経優位」になってしまうのです。
下げなければいけないときに交感神経を下げられない。
そして、土日ともなればデモや集会、勉強会に出て、いったいいつ、副交感神経優位になるのか。
いやいや、そんなこといったって、お国の危機に、なんとかこの問題をみなに伝えて、汚染地域に残された子どもたちを救わないと…。
焦りますよね。
苦しいですよね。
子どももいろんな問題抱えますよね。
生活にゆとりないですよね。
それがいいとか悪いとかじゃ無くて、「あ、自分をなんとか休ませなきゃ」
そして、放射能の恐怖も、このままだったら日本どうなっちゃうんだろうという心配も、運動のあれができてないこれができてない、の心配も、いっさい考えない時間をつくる。しかも寝る前3時間は、お灸したりアロマ炊いたり、リラックスタイムにする。(毎日ではなくても)
緊張状態から自分を解放するしかないのです。
病気を治すのは、自律神経がバランス良くなって抵抗力があがるからです。
家族で運動をしてる場合は、特に気をつけて、今日は、放射能のホの字も言わない…という取り決めも必要で、罰ゲームを考えるぐらいのお茶目さも必要かもしれません。
かけはしのブログも一時期ホームページの改変のときに長いお休みしました。
それは…いろんな理由があるのですが。
青汁がいい、本当にいいんです。冷たくなければ…。しかしそれを書こうとして、止まってしまったことが大きなきっかけでした。
【青汁がいいと書いたとして、安全な青野菜を買えるお母さん達がどのくらいいるんだろう、これから枯れ葉剤前提の農業になってくのに。青汁じゃなく枯れ葉剤汁を飲むようなことにならないか…】と思ったら、もう書けなくなったんですね。
それまで、私も、緊張状態、交感神経優位だったんです。
なんとかこの国難から少しでも被害を受けないように…言い続けたい叫び続けたい…。
でも…。
プツンと切れた。交感神経優位だったんでしょう。
これは私一人の力ではどうにもならない。チェルノブイリの救援は確かに私たちが関わってきた人たちにしてあげたいけれど。
日本はこんなに日本人がいるのだから、日本人みんなで気づいてみんなで変えていくしか無い。
逃げ切れなかった人は、せめてチェルノブイリ基準で助かってもらいたい。
しかし、社会を変える節目を、逃した今、これから10年20年とかかります。
交感神経優位でぷっつんするのは、わかりやすいのは介護ですね。
心身ともに休まる暇がなく、結局、心中したり、殺人事件になってしまう。
逆に、副交感神経優位もまた病気になります。
病気の種類も微妙に違うようですがそれは安保先生の著作を読んでみてくださいね。
日本は、副交感神経優位の重症の部類なんです。
その一番の症状は何か?
「危機がわからない」
だそうです。
過度に、政治的問題から目をそむけて現実問題から逃避したり、個人的な楽しみをさがしたり、お笑い番組ばかり見てると、生存本能さえもにぶくなってしまってる。
(自動車事故が増えてるのもあながちそうなのかもしれません。ブレーキとアクセルの踏み間違え…なんて)
毎日が、食卓が、ミニ核戦争で、副交感神経優位のリラックスタイムをつくれと言われてもね。
ここ2~3年は私も、なるべく副交感神経タイムを捻出するように努めています。
不思議なもので、若いとき、子どもができて忘れてしまっていましたが、刺繍にはまりはじめました。
この時間だけは、嫌なことをわすれて楽しんで没頭できます。
畑作業もメンタルにはとてもいいですね。
ヨガを始めたという人もいます。
少しでも長生きしないと語り部はできないですから。
完璧な健康がなくても、完璧な病気状態もない。
(たとえば、夕方以降、ものすごい、怖い映画や戦争映画などをみてはいけません。リラックスどころか過度に緊張しますから)
避難でも保養でも、リラックスをすることを、考えて欲しいし、会でもそのような発表はあってもいいと思います。
勉強ばかりで息抜きが無いようなのは、疲れますね。
嫌なことつらいことをスッパリ忘れる時間をつくりましょう。
チェルノブイリの報告では避難してだいだい14年ぐらいで影響が軽くなっていくという調査もありますから。
人生を楽しむ=興奮しすぎ、ではないこと。
お酒は飲まない方がベストです。
原発事故以降、民主主義ってこれでいいのか?という動きが多く、ヒバク防護対策など、運動することが多く、運動してる人も心安まる暇がありません。自分さえ頑張れば、というのは、まちがっています。
仕事を分かち合う仲間を探すしかないのです。
つとめて休養しなければ…。
長期戦になりましたから。

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コメント

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  • コメント (2)

    • 篠田比呂也
    • 2019年 5月 18日

    シェアさせていただきました
    m(_ _)m

      • nora
      • 2019年 5月 20日

      ありがとうございますm(_ _)m