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小児甲状腺がんの闘病の苦しみ

2003年頃、小児甲状腺がんの治療を受けた少女の介護をされた方からお聞きした話です。
日本の原発事故前のお話です。
・小児の癌をみつけてはいけない
・放置しておけ
という、写真撮ったら魂抜かれる、レベルの言説が、堂々と、新聞紙上で流れてきます。
確かに更年期女性の甲状腺には、まるで人生の爪痕のような、結節やのうほうがある人も多く、それらの症状が進行しないことも多かったようです。
しかし、甲状腺は、成長ホルモンや性ホルモンの分泌器官です。
未成年の子どもたちが、健康診断を受けて、国がしっかり守るべきだと思います。
原発事故前は、眠っていたような結節やのうほうが、更年期女性であっても、進行がアグレッシブにならないと、事故後も同じであると、言い切れる証拠もないでしょう。
以下、あくまでお世話された方の記憶に基づいたお話です。
なぜ、親ではないか…というと、大学病院など特殊な病院に入院しなければならず、自宅ははなれているので、たまたま大学病院のそばにすむかたが、お世話されたそうです。
なお、この治療を受けてる最中は、医師でも親でも近寄れません。
また、一生涯、定期的に検査が必要だと言われてます。そのお金の負担も大変なものです。

14歳女児、疲れがひどく受診するもなかなか甲状腺癌だということに医師も気が付かず、転院を繰り返したが、15歳のとき、甲状腺専門病院にて診断がつき即座に手術をすることになった。
2、首には横に大きな傷が残り思春期の女子には心にも負担が大きかった。
3、手術後は毎日投薬。(詳しい名前は忘れました)一日も飲むのを忘れることができないので負担だと言っていました。
4、定期的に甲状腺癌や転移がないか検査。
5、検査もアイソトープを使っての為、高額、体への負担が大きい
※甲状腺は、一度に全摘出だったが、細かいものが残っているということでしたのでアイソトープでということになった。転移は肺に細かいものの疑いがありました。これも19歳の時。
6、大学病院で検査をした際は、遠いので当時病院の近くの親戚の家に滞在し、ヨード除去食を1週間行った。
7、ヨード除去食はかなり厳しく、ダシ、魚、アクエリアスなど、海藻はもちろん食べられる物のほうが少ないと言ってもよいくらい大変だった。
8、検査の結果、放射性ヨウ素カプセルを飲んで、甲状腺自体すべてを不機能にする必要があり、それを飲み、1週間だったと思うが大学病院の特別な病室に入院。
9、その病室は放射能漏れを防ぐために設備されており、看護師、医師さえも入室できない。
10、食事はまるで囚人のように小窓から渡されるそうだ。
11、その病室で使ったものは着衣、CD,DVD,ケータイ本体、あらゆるものを処分される。観葉植物を差し入れたがそれももちろん。
12、本人は吐き気や頭痛がひどく、しかも隔離されているので大変苦しかったと言っている。この時20歳
13、現在結婚し別の大学病院で管理してもらっている。
14、出産も無事できたがやはり大学病院で。
今も彼女は子育てをしながら転移の心配をし、家業を休んで大学病院まで行かなければならないことも、お姑さんなどに気を遣うそうです。
小児甲状腺がんをわずらった少女の親戚のかたから、闘病について語っていただきました。

これを読んで、検査しなくていい、放置していいという人は、いないと思います。
誰だって、早期発見してあげたいと思いますよね。
「人間の心」がある人ならば。
チェルノブイリの救援で、ベラルーシの医師たちが泣きながら救援を訴えていた熱は、患者である子どもたちへの愛だったのでしょう。
日本の子どもたちのために、誰が泣いてくれるというのだろう。
大人の過ちに悔いて。

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