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「死の灰」はポリコレなのか?

1954年,第五福竜丸はビキニ環礁付近で操業していて,米国の水爆実験による死の灰に襲われた。

In 1954, the Daigo Fukuryu Maru was operating near Bikini Atoll and was affected by the nuclear fallout from a U.S. hydrogen bomb test. – 浜島書店 Catch a Wave

今、福島原発事故の放射能は、まごうことなき、「死の灰」です。

死の灰は、Death ashesと訳されることもある。

しかし、福島原発事故のあと、死の灰…という呼び名ではなく、放射能…という呼び名を、使うようになり、

天然に存在する放射能の被ばくと比べて被曝量は大差ないなど、訳知り顔の人達が言うのですが。

これらは厳密に区別されるものだと思います。

まず、天然に存在する地球誕生からある放射能から私達は逃げることはできません。宇宙からも放射線が降り注いでる。

しかし、「死の灰」は、そもそもこの世に存在しない人工物です。

明らかに区別されるもですし、忌み嫌う、あるいは恐れる人がいて当然なのです。

日本は自由な国ですから逃げたきゃ逃げていい(移動の自由)、怖いと言っていい(言論の自由)が憲法で保証されています。

しかし、原発事故後、「死の灰」という言葉を使えなくなってる。心理的に?

到底原発推進派とも思えない人々の間にも、「死の灰」という言葉を、使わないように配慮してるふうに感じます。

右はチェルノブイリ事故のあと、左は福島原発事故のあと。

どうでしょう?死の灰、と放射能、という言葉の違いで、何かインパクトが随分やわらいでませんか?

いやいや、放射能というだけで随分怖いですけどね。

アメリカでは「メリー・クリスマス」がキリスト教ではない人に失礼にあたるとして「ハッピーホリデー」と言うような風潮があり、トランプ大統領がメリー・クリスマスと言えるようにする、と息巻いているそうです。

私たち日本人が「死の灰」という言葉を失って良いのかな?

その言葉を使うと、誰かが傷つくの?

今不思議なことに、国家公務員宿舎に避難してる人が出ていきなさいと訴えられてるそうです。

怖いですね~。

何が?

死の灰が。

国家公務員宿舎ってどんなに素敵なところなんだろうなぁ。裁判かけても追い出そうとするなんて。

困ってる国民に貸したくない…って、たぶん、独り占めしたいぐらい素敵なんだろう…って思っちゃいます。

この国は、加害者を守るためにどんな力をも尽くしますよ。

福島県知事は、避難者さんの味方はしないんですよね~。

住宅を保証するのは、当然じゃないですか?死の灰をまきちらしたんだから、一つ残らずきれいにしたら、帰りなさいという命令も出せるかもしれませんが。

私は言いたいな、「死の灰にまみれたくないよ」。

多くの人がその言葉で傷つくといっても、ここは安倍首相といつも一致してるトランプ大統領を見習うつもり。

(ポリコレ…大切なときもあります。女らしい…男らしいとかそういう言葉で人をしばらないとか。大事です。しかし、どんどん拡大して、人びとの口先にガムテーム貼り、自由に生きる権利を奪うようになるのは勘弁してほしいですね。特に日本人は、なんでもかんでも「同じじゃないと気持ち悪い」精神病を患っていますので、逃げる…とか政府の言うことを聞かない人をこらしめるためにポリコレを悪用しますから。)

誰かが誰かを被爆させる権利なんて、あってはいけないんですよ~。

未来の子どもたちからタイホ!なのだ。

 

 

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