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「蘇生」上映と、子どもふくしま

昨日は、
町田での「蘇生」と「祈り」(どちらも白鳥哲監督)の上映会でその間の対談にご招待いただき、お話させていただきました。
2011年のとき、お話会で、有用微生物の飲用資材を使用していた…と話したところ、大騒ぎになったこと。
蘇生は微生物と放射能の関係を追いかけた映画で、
10年前の映画ですが、今見ても、ふるさを感じません。
今はもう、放射能好きの微生物の研究が進んでいて、火星にまで連れて行って放射能防護シールドをつくれる可能性があるとかないとかいってるぐらいです。
2011年は、カルトだなんだかんだ言われていましたが、いまは、ある種の微生物が放射能の低減化にかかわることを否定しきれないと思います。
たった15年でここまで常識が変わってきた。
あのとき知っていたのに、表に出なかった話が出てきた…といったほうがいいのかも。
放射能のエネルギーが好きな微生物たちが、放射能を集めて、放射能のエネルギー利用して、バイオフィールド(なにかしらのたんぱく質)や、菌糸状の物質をつくるという理論ですが。
微生物の生成物が本当にガンマ線を防ぐんですか?
まあ、アメリカとか宇宙開発してる人たちがそういうのだから、そういうことにしておきましょう。
まだ隠されてる何かがあるように思います。
すべてを私たちに開示するわけじゃないですから。
ただ、核戦争になって死の灰がふってきたら、有用微生物を自分で培養して家の中や周辺にまくことで、微生物の力でとびちらせず、少しでも線量を落とせたらいいですよね。
(熱線をあびるのはまた別の問題ですが)
言いたいことを遠慮なく言える対談だったので、とても気分がよかったです。

今日は、原発事故のあと、子どもふくしま、という団体があって、それがどのように、ぶっつぶされていったか…のお話を聞いて、泣いてしまいました。
運動をつぶしたい人がやってきてからなずいうことは、「会計で不正がある、使い込んでる」という言いがかりです。
お金がなくてバザーをしたり、あちこち走り回って募金をお願いしてるのに、それを使い込んでる…と藪から棒に言われることは、かなりの精神的ダメージを受けます。
がんばってるのに、がっかりしてしまう。
そしてほんの小さなミスがみつかったら、鬼の首でもとったように大騒ぎです。
会計が合わない理由に、素人がやってるということもあります。
たとえば、お金を振り込んだ振り込み票をみて、10000円たてかえている。
けれど、本当は10450円ですね。振り込み代も立て替えてる。
ここで450円もうあわなくなっていく。
2011年は、子どもふくしまのために動いた人は、おそらく交通費だけでも200万円以上かかったと思います。交通費やホテル代など。
とくに電車代などは、乗り継いだりしたら細かくつけきれなかったので、持ち出しも多かったんじゃないのかな?
まちがっていたら、修正したらいいことを、辞めさせないと気が済まない!とガンガンいう人が増えてくる。
そうすると、もうはたでみてると、使い込みが本当にあったかのように思ってしまうが実際は、間違い。
政治家なんて、修正しときました!そっちのほうが大問題なのに、それで済ませておいて、
市民運動は、上から目線でぶったたき、運動そのものが沈下させられていく。
ほんとうにそれは悲しいことです。
私たちも活動歴だけはながいので、そういう「運動荒らし」がやってきては、去っていくのを体験しています。
自分の悔しい体験と同じことを、目の前の人がされたんだ、それを乗り越えて、保養運動をされてるんだなと思うと、涙がこぼれてしまいました。

批判することは簡単ですが、それが本当に批判に値するのか?
そこは、権力者ではなく、素人の集まりの運動ですから、やさしい目線も必要だと思います。
あのとき、微生物をたたいていた人たちは、そんなこと信じられない…怪しいものは許せない…という正義感があったと思います。
しかし、15年たってみて、可能性は否定できないわかった。
それでいいのだと思います。
が、馬鹿にしたりした自分を思い出したら、少し、傲慢だったかなと思い出してほしい気持ちはあります。

そして、運動は、仲間のちょっとしたミスで、完膚なきまでにたたきすぎないように…という学びを確立させていい15年だったように思います。

時薬…という言葉がありますが、日本の原発事故から15年。
客観的に問題がよく見えるようになります。

日本の原発事故対策で成功したのは、口封じだけ。

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