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4.142026
チェルノブイリ原発事故を乗り越えて40周年追悼と友好のつどい #チェルノブイリ40
平日ですが、お誘いいたします
チェルノブイリ原発事故を乗り越えて
チェルノブイリ40周年追悼と友好のつどいへのおさそい
と き 4月20日(月)午後12;30 開場 1:00開演
ところ サンパール荒川
(東京都荒川区1-1-1 TEL03-3806-6531)
参加費 無料
プログラム 1:00 各団体からの御挨拶
1:30 講演
「ベラルーシ政府のチェルノブイリ原発事故対策」
Evgeny LAZAREV氏(駐日ベラルーシ共和国臨時代理大使)
2:00 国際文化交流舞踊団「曼珠沙華」公演
チェルノブイリ救援が、そのままフクシマ原発事故救援にリターンしてきました。
原発事故は生態系汚染。
その苦しみはわかる人にはわかる。国境を超えても。
というわけで、空中ではミサイルがとびかっておりますが、
とっとと停戦してほしい。
私たちは日本から平和をさけび、大人になった里子たちを守りたいだけ。
原発事故で、孤独でしんどい、というかたはどうぞいらしてくださいね。
日本で事故が起こった後、ベラルーシの科学アカデミー、医学アカデミーなど、多くのサポートをしていただきました。
この40年間の活動の中で、専門家や消火作業員のかたがたが放射能防護に全身全霊で取り組み、犠牲になられた方もおられます。
その勇気に追悼をささげ、私たちが40年と15年を活きぬけた感謝の場にしたいと思います。
国際文化交流舞踊団「曼珠沙華のロシア、ベラルーシ、ウクライナの慰問公演は、10回にわたります。
これら三国だけではなく、世界中の子どもたちのために、チェルノブイリへのかけはしのように市民活動団体が、お願いして行ってもらっている、というほうが実態が伝わりやすいかもしれません。商業劇団ではおそらくできないことだと思います。
映像をとるのが上手だったらなあ、といつも思います。
とくに、日本の原発事故以降は、ベラルーシの科学アカデミーから、さまざまなご教示をいただきました。
医学アカデミーでも、医師の甲状腺問題へのレクチャーも行っていただきました。
この医学研修を二回続けて行った後、医学アカデミーのトップだったかたが急死されたことです。
日本中からマスコミが質問におしかけ、取材されるほど、チェルノブイリ事故当初から、親子二代で、甲状腺の問題の増加に携わってきました。
(がんだけではなく、さまざまな病気が増えますので。)
まさか…日本が刺客を送ったりしないよね…と思いたいのですが、日本全体が彼へのストレスをかけたことは、大いにあると思います。
彼ら甲状腺の師匠は、日本にいるのですから。
なぜ、日本から彼に聞きにいくのか、師匠に聞けばいいじゃないか?
考えてみてください。
その師匠たちの正体に、気づいてしまった時の恐ろしさ。
いままで救援の神のように思ってた人たちが、自国の事故のときはみんなだんまりで。
マスコミがベラルーシに押し掛けるなんて。
そういう意味で、振り返ってみると、IAEAも、科学者たちに圧力かけて、移住させないように、あれこれ駄論をふきかけたりしていました。
放射能問題だけでもストレスなのに、外野が悪すぎる。
たとえるなら、ゾンビが集まってくる感じでしょうか?
そんな状態のなかで、日本のために、マスコミに発言されたり、研修を引き受けてくださったことは、
どんなに感謝してもしきれません。
曼珠沙華の舞は、天国を見た…とベラルーシの人々に言われました。
国民を命がけでまもった消火作業員や、科学者たちへ、追悼の気持ちをささげたい。
おつかれさま!
かく闘えり。
そして、40年生き抜いた人たちにも、よくがんばったね!と。
1999年から始まる慰問公演。以下の記事をご紹介します。
心を治す白い花
『夕刊ミンスク』1999.4.9
日本とベラルーシを離している8000キロは非常に長い距離である。しかし、我々の文化はもっと離れている。一般的なヨロッパ人は遠い東の国の美術をわかるとは普通に言えないと思われる。だから、我々にとって、この珍しい美術は魅力的に見えるようだ。
だから、国立ヤンカ・クパラ劇場における日本劇団曼珠沙華の全ての公演は満席となった。日本の芸能家たちがみせた技術はミンスクの芝居好きから好意を受けた。
首都に来る前に劇団曼珠沙華は10日間、ベラルーシの汚染された地域を回りながらそこの地域に住んでいる子どもたちの為に公演をやっていた。その子どもたちの為に『慈しみ』と言う曲が作曲された。日本では天からおりてきた赤い布は、傷ついた子どもたちを優しく包みこんで、いやすための布だと信じられている。
劇団の名前「曼珠沙華」とは天界に咲く白い花のことで、この花を見るものは自ら悪行を離れるという言い伝えの幻の花である。全ベラルーシを悪行から離す事が出来たとは言えないが2時間以上続いていたショーのときに愛、感動、恍惚が会場で支配していた。
「絶望で悩んでいる心を治したい」と劇団座長ママ・ロザは正直に言っている。そう言いながらママ・ロザは普通の芝居に似ていない華やかで珍しいショーをつくってくれた。しかし、見せてくれたショーはコンサートにも似ていなかった。ショーの各ステージは観客を日本伝統の秘密にひたらせ、たまに伝統的な登場人物を珍しい格好で見せた。
最後のステージのときに日本からの芸能家は鈴の音でお別けれしていた。そんなに遠い東の国はもっと近くなったのか。もちろん。もっとわかりやすくなったのか。我々にとって歴史の深い民族の哲学は非常に珍しいので一言で答えられない。だが将来の美術はヨロッパと極東の総合になると言われている。劇団曼珠沙華はすでにその将来へ一歩したと思われる。





