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1992国際会議資料 5 乳児(小児)における気管支喘息の初期予測(発症前診断) #チェルノブイリ40

今回は、事故後、汚染地域で問題になっていたと考えられる子どもたちの気管支喘息の増加…について。
重症化する子とそうでない子の違いを知り、予防につとめたい…という意図があります。

乳児(小児)における気管支喘息の初期予測(発症前診断)

★要約
「この研究資料は、放射能汚染地域を含む環境下で増加する小児気管支喘息に対し、遺伝的要因と代謝機能の観点から新たな診断アプローチを提示しています。
研究者たちは、患者とその家族を対象とした広範な分析を通じて、特定のアミノ酸や脂質の代謝に関連する遺伝的素因マーカーを特定しました。
その結果、喘息の発症リスクは主に2つの異なる表現型に分類されることが明らかになり、性別や発症時期、アレルギー反応の強さに明確な差異が認められています。
これらの発見を基に構築された予測演算アルゴリズムは、従来よりも精密な早期予防を可能にします。最終的に本資料は、個々の遺伝的特性に最適化された治療戦略の開発が、子供たちの発病を抑える鍵となることを示唆しています。」

あくまで、チェルノブイリ事故から数年までのあいだで、子どもたちの体調異変が起こっており、その個人差から、何か予防につなげられないか…。

たとえば…日本では、子どもにアレルギーが出たときに、病院につれていけば、ステロイドを出されておしまい、ということが多いと思います。
日本在住の旧ソ連圏からやってきた母親が、「アレルギーの原因も調べないでステロイドだして終わった!」と怒っていました。
次回、そのような症状が起こらないように予防するならどうしたらいいか?
親ならばそう考えるし、あちらの科学や医学は、いっぱひとからげ…でステロイドで終わりということはない。

報告の内容の参考に…

このような医学的なアプローチを、一般の私たちはすべて理解することもできません。
この資料をいただいても、ああ、汚染地期の子どもたちの喘息がひどくなってるのね、ぐらいにしか思っていませんでした。
しかし、2011年3年28日に福島県のいわき市、須賀川市、郡山市などを訪問して北海道に帰ってきてから、咳が止まらなくなりました。
声もでなくなるほど。
そのため、吸入器を寝る前にセットしておいて、夜中に席が止まらなくなったら、吸入をかける、寝る、また咳がでる、また吸入をかけるの繰り返しが、1年ほど続きました。
お話会でホテルにとまるときも、必ず欠かせませんでした。

私はもともと、子どものころから気管支が弱かったので、しょっちゅう病院に行ってました。

結局、チェルノブイリの子どもたちの保養を受け入れるために、レクチャーを受けました。

そのとき、科学アカデミーのかたが言っていた、被ばくの被害が「家系の弱いところに出る」と。
咳をしながら、このことなのか…と思ったものです。

当時の、汚染地帯の農村で、そのような便利な道具もなく、小さな子どもたちが苦しんでいたら、母親たちはどんなにつらかっただろうと思います。
汚染地域にいると、抵抗力がおちて、気管支炎から肺炎になって、入退院を繰り返す…ようになった。
事故前は子どもたちはみんな元気でそんなことはなかったと、母親たちが泣きながら話していたことを覚えています。
そういうふうになったら子どもはやはり移住したほうがいいと思いました。
なぜなら、
他の病気が出てくる可能性もありますから。
どこか一か所だけが調子悪い子というよりは、全身が不調…、という感じです。
ですからベラルーシ政府も、学校のクラスごとの保養を21日間も保証していたのでしょう。

30年以上前にいただいた、ぜんそくが増えてるのか~という書面が

【真っ先にダメージを受けてしまう「素因を持った子ども」をいち早く見つけ出して保護しようとしていた】

彼ら科学者たちの、国民のために専門家として一歩前へ出る愛情に、同じ人間として、敬意をはらわずにおられないです。

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