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10.162026
わかなのブログ vol31原発を管理できない国に、新しい原発を建てることができるのか
福島第一原発事故から、もう15年が経ちました。
それでも、事故は終わっていません。
廃炉作業は続いています。
事故によって故郷を離れた人たちがいて、今も元の暮らしを取り戻せていない人がいる。
そして私自身も、原発事故によって、それまで当たり前だった日常を失った一人です。
だからこそ、今の原発政策を見ていて、どうしても聞きたいことがあります。
原発の管理が本当に十分にできていない状態で、これから新しい原発を建てていくことができるのでしょうか。
現在の高市政権は、原子力規制委員会によって安全性が確認された原子炉の再稼働を進めるとともに、廃炉を決めた原発のサイト内での「次世代革新炉」の建て替え・設置を具体化する方針を示しています。
原発は、長い間、国策として推進されてきました。
「安全だから」
「必要だから」
「安定した電力を供給するためだから」
そう説明されてきたものです。
しかし、その「安全を守るはずの管理」の部分で、今も問題が起きています。
2026年には、中部電力浜岡原発の新規制基準への適合性審査をめぐり、基準地震動の策定に関するデータを意図的に操作する不正行為が確認されました。
原子力規制委員会はこの問題について、報告徴収や検査を行い、9月にも対応状況を議題として取り上げています。
これは、単純な「計算ミス」ではありません。
原発の安全性を判断するための重要なデータについて、不正が確認されたということです。
しかも問題は、一つの事業者だけの問題として終わるのでしょうか。
原子力規制委員会自身も、2026年7月には中部電力の不正事案を踏まえた再発防止策や規制の在り方を議論しています。
私は、ここをもっと考えてほしいと思っています。
新しい原発を建てる。
次世代型の原発をつくる。
原子力を最大限活用する。
そう言うのであれば、その前に、
「私たちは本当に原発を管理できるのか」
という問いに答えなければならないのではないでしょうか。
原発は、建てて終わりではありません。
何十年にもわたって管理しなければならない。
事故が起きないように設備を維持し、人を配置し、点検し、記録し、異常があれば対応する。
そして、事故が起きたときには、現場に人が向かわなければならない。
それができなければ、原発はただの巨大なリスクになります。
私は、ここに今後の大きな不安があります。
もし戦争が起きたらどうなるのでしょうか。
戦争によって資源や燃料の輸入が滞る。
電力や燃料の供給が不安定になる。
人や物資が不足する。
通信や交通が止まる。
そして、万が一、原発で何らかの異常が起きたとしても、そこへ向かって管理や復旧を行うこと自体が困難になる可能性があります。
原発は、平時でさえ高度な管理が必要な施設です。
それを、戦争や大規模災害などによって社会そのものが機能しにくくなったときにも、確実に管理し続けられるのでしょうか。
私は、そこまで考えた上で「原発を増やす」という話をしているのかが分かりません。
日本は地震の多い国です。
そして、福島第一原発事故を経験した国でもあります。
一度事故が起きれば、その影響は発電所の敷地内だけでは終わりません。
住み慣れた土地を離れなければならない人が出る。
仕事を失う人がいる。
家族が離れる。
地域社会が壊れる。
何十年という時間をかけても、元に戻らないものがあります。
私自身が、それを知っています。
だから、「万が一」が起きる可能性だけを見ているわけではありません。
「万が一」が起きたときに、
誰が責任を取るのか。
誰が現場へ行くのか。
誰が住民を避難させるのか。
避難した人たちは、どこへ行くのか。
そして、事故後の土地を誰が、何十年、何百年という単位で管理するのか。
そこまで考えなければならないと思うのです。
「安全基準を満たしています」
「新しい技術です」
「次世代型です」
それだけでは、私には十分ではありません。
なぜなら、事故の可能性をゼロにできない以上、必要なのは「事故を起こさない仕組み」だけではなく、事故が起きたときにも、人間が対応し続けられる社会なのかという視点だからです。
そして私は、福島の事故を経験したからこそ思います。
原発事故の被害を、過去の出来事にしてはいけない。
事故がまだ終わっていない中で、
「原発は必要だから」
「エネルギー安全保障のためだから」
と、再び原発を増やしていくことに、私は大きな疑問を感じます。
エネルギー安全保障というのであれば、
戦争になったときにも、本当に維持できるエネルギーなのか。
大規模災害が起きても、本当に管理できるのか。
人が足りなくなっても、資材が届かなくなっても、電力や通信が途絶えても、それでも安全を維持できるのか。
そこまで考えてほしい。
原発は、ただ電気をつくる施設ではありません。
一度事故が起きれば、人の暮らしそのものを奪う可能性がある施設です。
だからこそ私は問いたい。
原発を安全に管理し続ける力が、本当にこの国にあるのでしょうか。
そして、
また事故が起きたとき、私たちは一体どこへ逃げればいいのでしょうか。
福島から逃げた私には、その問いを「万が一の話」として片づけることができません。
一度、故郷を失う経験をした人間として。
もう二度と、同じことを繰り返してほしくない。
新しい原発を建てることを考える前に、
「私たちは、原発事故の経験から本当に何を学んだのか」
そこから、もう一度考えてほしいと思います。
果たして、本当にこれでいいのでしょうか。

