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8.192026
わかなのブログ vol.16 「安心して生きる権利」を守るために──原発事故を経験した私が伝えたいこと
2011年3月11日。
東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所事故は、多くの人の人生を大きく変えました。
私は福島県伊達市で15歳のとき、この事故を経験しました。
あの日を境に、私たちの日常は「当たり前」ではなくなりました。
空気は見えません。
放射線も見えません。
だからこそ、何を信じればいいのか分からない日々が続きました。
「本当に大丈夫なのだろうか。」
「この土地で暮らし続けてもいいのだろうか。」
そんな問いを抱えながら生活することは、想像以上に心をすり減らします。
災害や長期にわたる避難生活、生活基盤の喪失、不安や孤立は、人の心や人間関係に大きな影響を及ぼすことが知られています。
家族の中でも意見が分かれました。
避難する人。
残る人。
「逃げるべきだ」と考える人。
「ここで暮らしていく」と決める人。
どちらも、大切な人を守ろうとした結果だったはずです。
それでも、恐怖や不安は時として人と人を対立させます。
私は、この事故を通して「暴力」について考えるようになりました。
暴力とは、殴ることだけではありません。
相手を否定すること。
恐怖によって支配すること。
苦しみを理解しようとしないこと。
そして、自分自身を責め続けることもまた、心に向けられた暴力だと私は考えています。
さらに私は、原発事故そのものが社会的な暴力であると感じています。
事故によって、多くの人が故郷を離れざるを得なくなり、生活や仕事、人間関係を失いました。
それは単なる「災害」ではなく、人の尊厳や生きる基盤を奪う出来事でした。
事故後の対応を振り返っても、人の命や健康よりも、情報の統制や責任の所在、経済的な影響が優先されてきた場面が少なくありませんでした。
「ただちに影響はない」という言葉が繰り返される一方で、不安を抱える人々の声は十分に受け止められてきたとは言えません。
避難の判断や支援のあり方も一様ではなく、自己責任のように扱われる場面もありました。
その結果、人々は分断され、孤立し、声を上げることさえ難しくなっていきました。
こうした構造は、目に見えない形で人を追い詰める「社会的な暴力」だと私は思います。
安心を失った人は、自分を守ろうとします。
その防衛反応が、ときに怒りとなり、ときに絶望となり、ときに自分自身を傷つける形で表れることがあります。
だから私は、「暴力をなくそう」という前に、「安心を取り戻そう」と伝えたいのです。
安心は、人を穏やかにします。
安心は、人を思いやる余裕を生みます。
安心は、自分自身を大切にする力になります。
そして、その安心は、一人ではつくることができません。
誰か一人が与えるものでもありません。
家族や地域、学校、職場、社会。
そこに生きる私たち一人ひとりが、お互いを尊重し、支え合うことで育まれていくものだと思います。
私は、安心できる場所が社会にはもっと必要だと感じています。
疲れたときに休める場所。
「助けて」と言える場所。
違う意見を持っていても否定されない場所。
失敗してもやり直せる場所。
泣いてもいい場所。
そのような場所が増えていけば、人は少しずつ安心を取り戻していけるのではないでしょうか。
そして、その場所は特別な施設だけを意味するのではありません。
家庭でも、学校でも、職場でも、地域でも、一人ひとりの関わり方によって生まれるものです。
私は、「安心」はみんなで育てるものだと思っています。
誰か一人に任せるものではありません。
社会全体で支え合いながら育てていくものです。
だからこそ、私は戦争にも反対です。
そして、原発にも反対です。
その考えを話すと、「それは左翼だからでしょう」と言われることがあります。
けれど、私はその言葉にずっと違和感を抱いてきました。
命を大切にしたいと思うことに、右も左もあるのでしょうか。
子どもたちが安心して暮らせる未来を願うことに、政治的な立場は関係あるのでしょうか。
戦争で命が失われることを悲しむこと。
原発事故によって故郷を離れなければならない人が生まれることを悲しむこと。
その気持ちは、本来、人として自然な感情ではないでしょうか。
私は、反戦や反原発は政治思想ではなく、人権の問題だと考えています。
人権とは、一人ひとりが人間らしく生きる権利です。
安心して眠れること。
安心して食事ができること。
安心して子どもを育てられること。
安心して故郷で暮らせること。
安心して未来を思い描けること。
そうした当たり前の暮らしを守ることこそが、人権を守るということなのだと思います。
もちろん、社会は簡単ではありません。
エネルギーの問題もあります。
経済の問題もあります。
安全保障についてさまざまな考えがあることも理解しています。
だからこそ、異なる意見を持つ人同士が対話を重ねることが大切です。
相手を「敵」と決めつけるのではなく、「なぜそう考えるのか」に耳を傾けること。
違いがあるからこそ話し合うこと。
それもまた、安心できる社会をつくるために欠かせない姿勢だと思います。
とはいえ、私自身も自分と意見が異なる人との対話が難しいと感じて距離を置いてしまうことがあります。
戦争があった時に今のままでは戦えないから軍事費を増やすべきだという人、原発は必要であるという人、核兵器を所有すべきだという人。私の中では受け入れ難いと思う意見を持つ人たちとどう対話したらいいか、私もまた悩んでいます。それでも私は理解しようとする努力はやめないようにしています。なぜ、そう思うのか、やはり、私なりに想像力を働かせています。
私は原発事故を経験したからこそ、便利さや効率だけでは測れないものがあることを知りました。
人が本当に必要としているものは、「安心」なのだということです。
安心があれば、人は挑戦できます。
安心があれば、人を信じることができます。
安心があれば、自分自身を大切にできます。
そして、その安心が積み重なった先に、本当の平和があるのだと思います。
私は、原発事故を忘れてほしくありません。
それは誰かを責め続けるためではありません。
過去に縛られ続けるためでもありません。
同じ苦しみを、未来の誰にも繰り返さないためです。原発に賛成であろうとなかろうと、核の平和利用をしようとしまいと、一度事故が起これば、誰もが放射能の汚染に苦しむことになり、一生消えることのない傷を心と体に受けることになるからです。
私たちが目指すべき社会は、便利さだけを追い求める社会ではなく、一人ひとりが安心して生きられる社会ではないでしょうか。
傷ついた人を責めるのではなく、支え合える社会。
違いを恐れるのではなく、認め合える社会。
子どもたちが「未来はきっと大丈夫」と思える社会。
そんな社会は、一人ではつくれません。
だからこそ、私たち一人ひとりが、誰かの安心になれる存在でありたい。
私自身も、その一人でありたいと思っています。
原発事故を経験した一人として。
そして、これからの未来を生きる一人として。
「安心して生きる権利」を、誰もが当たり前に持てる社会を、みんなで育てていきたい。
私は、その願いをこれからも伝え続けたいと思います。

