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わかなのブログvol.15 広島・長崎から81年。福島で原発事故を経験した私が、「平和」と「命を守ること」を考える

広島に原子爆弾が投下されてから、81年という歳月が流れました。
今年も平和記念式典が行われました。
式典では、日本が「非核三原則」を堅持し、唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現を目指すこと、そして被爆の実相を世代や国境を越えて伝え続ける使命があることが語られました。
「核兵器のない世界への道のりは決して平坦ではない。」
そんな言葉もありました。
私は、その言葉に深くうなずきました。
広島と長崎。
そして福島。
私は、この三つを切り離して考えることができません。
もちろん、原子爆弾と原子力発電所の事故は同じものではありません。
起きた経緯も、被害の形も違います。
それでも共通していることがあります。
それは、「放射線は人の暮らしや人生を、何十年にもわたって変えてしまう」ということです。
私は15歳の時、福島で原発事故を経験しました。
あの日から、私の人生は大きく変わりました。
だからこそ、「核」について考える時、私にとってそれは歴史の教科書の話ではありません。
今も続いている現実です。

戦後81年、日本は何を大切にしてきたのか
戦後の日本は、戦争を繰り返さないという強い決意のもとで歩んできました。
一方で、世界情勢は大きく変化しています。
近年はロシアによるウクライナ侵攻や東アジア情勢の緊張などを背景に、日本でも安全保障政策が大きく見直されてきました。
防衛費は段階的に増額され、自衛隊の装備更新や反撃能力(いわゆる敵基地攻撃能力)の保有、防衛産業への投資などが進められています。
また、一部の地域では長射程ミサイルの配備も始まりました。
政府はこれらを、「国民の命と暮らしを守るために必要な安全保障政策」と説明しています。
世界情勢を考えれば、その必要性を感じる人がいることも理解できます。
一方で、「防衛力を強化すること」と「平和を守ること」の関係については、さまざまな考え方があります。
私は、その議論そのものを否定したいわけではありません。
ただ、一つだけ、どうしても考えてしまうことがあります。

「命を守る」とは何だろう
私は福島で原発事故を経験しました。
そして、この15年間、日本は東日本大震災だけではなく、熊本地震、北海道胆振東部地震、西日本豪雨、能登半島地震など、多くの自然災害を経験してきました。
それでもなお、避難所の環境や災害への備えについては、多くの課題が指摘されています。
避難所によっては、段ボールベッドが十分に整わず、床で生活を余儀なくされる方もいます。
プライバシーの確保や、子ども、高齢者、障害のある方、妊婦さんへの配慮も、まだ十分とは言えないという声があります。
近年は猛暑の中での避難生活も現実的な課題になりました。
熱中症対策や空調設備、衛生環境など、命を守るために必要な備えは、これからますます重要になるでしょう。
私は、こうした現実を見るたびに思います。
「命を守る」という言葉には、さまざまな意味があるのではないか、と。
国を外から守ること。
災害から守ること。
事故から守ること。
安心して暮らせる社会をつくること。
そのすべてが、「命を守る」ということなのだと思います。

福島の事故は、まだ終わっていない
福島第一原子力発電所では、今も廃炉作業が続いています。
燃料デブリの取り出しは始まったばかりで、廃炉完了までにはさらに長い年月がかかるとされています。
事故から15年以上が経った今も、故郷に戻れない方がいます。
生活や仕事、人間関係が変わってしまった方もいます。
私は、その現実を忘れることができません。
だから、エネルギー政策や原子力政策について議論するとき、「安全」「経済」「電力需要」といった数字だけではなく、その先にある一人ひとりの人生も見つめてほしいと思っています。

平和は、戦争がないことだけではない
私は、「平和」という言葉の意味を考えるようになりました。
平和とは、戦争が起きていない状態だけを指すのでしょうか。
私は違うと思います。
安心して眠れること。
安心して子どもを育てられること。
災害が起きても、安心して避難できること。
病気になっても医療を受けられること。
故郷を失わずに暮らせること。
そうした日常の積み重ねもまた、平和なのではないでしょうか。
だから私は、「命を守る」という視点を、もっと社会の中心に置いてほしいと思っています。

経験した国だからこそ伝えられること
日本は、広島と長崎で原子爆弾を経験しました。
福島では原発事故を経験しました。
そして世界有数の災害大国でもあります。
悲しいことですが、日本ほど多くの災害や放射線による被害を経験してきた国は多くありません。
だからこそ、その経験を未来へ生かす責任があるのではないでしょうか。
被爆の実相を伝えること。
震災の教訓を伝えること。
原発事故の現実を伝えること。
そして、人の命や尊厳を守ることの大切さを、世界へ伝えること。
私は、それが日本だからこそ果たせる役割の一つだと思っています。

私が願う未来
私は、この国を否定したいのではありません。
むしろ、この国が好きだからこそ、もっと良くなってほしいと願っています。
防衛について考えることも大切です。
防災について考えることも大切です。
エネルギーについて考えることも大切です。
だからこそ、それぞれを対立させるのではなく、「私たちは何を一番大切にしたいのか」という原点を忘れないでいたいと思います。
私にとって、その答えはとてもシンプルです。
命です。
一人ひとりの命。
一人ひとりの暮らし。
一人ひとりの未来。
広島の記憶も、長崎の記憶も、福島の記憶も。
それらは、過去の出来事として終わらせるものではなく、未来の命を守るために生かされるべき教訓だと私は信じています。
私はこれからも、福島で原発事故を経験した一人として、その経験を忘れず、学び続け、考え続け、そして伝え続けていきたいと思います。
それが、私なりの「平和」への願いです。

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