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#わかな十五歳 わかなのブログ

『わかな十五歳』の著者のわかなです。
私は東日本大震災と原発事故があったとき、15歳でした。
私は当時福島県伊達市というところに住んでいて、2011年5月に家族で山形県に自主避難しました。今は自立して北海道で生活しています。

東日本大震災と原発事故から今年で15年。

昨年は3月と6月にお話をする機会をいただきましたが、頭をよぎったのは、『わかな十五歳』という本のタイトルの通り、当時15歳だった私はもう30歳になって、福島で過ごした15年間を超えて、これから生きて行くのだ、ということでした。

それは私にとって本当に重い出来事で、15歳の時私の全ての価値観がひっくり返るような出来事に遭遇し、そこから「生きる覚悟」を獲得するまでの15年間だったからです。

昨年はその折り返しのラストイヤーで、本当に心も体もいっぱいいっぱいになる年でした。年末には、北海道でも地震があり、翌日には泊の再稼働が決まる、というなんとも皮肉な日程で、年明けから年末まで、心休まることのない一年だったように思います。

今年はどうだ、といえば、まだ一ヶ月ほどしか経過していないものの、柏崎刈羽原発の再稼働が決まったかと思えば、5時間半後に停止。そして、使用済み燃料を青森に運ぶという計画を発表。

一ヶ月足らずで、もう、話題がたっぷり。

この15年、今年は原発のことを心配せずに過ごせてよかった、と思える年は一年もありませんでした。

国は賠償責任を認めず、国は認めないどころか何事もなかったかのように原発を再稼働、新設することを考えている。

何度も何度も、傷つけられています。
人の痛みに対して無関心なのでしょう。
まるで何事もなかったかのように振る舞う「国の在り方」に腹が立つ。

あれだけの事故があったのに、
再稼働、新設、という言葉がでてくるたびに、
「わたくしたちには責任はございません。責任取りません。なんのことでしょう?原発は必要で、事故があっても仕方がないのです」
と言っているように聞こえてしまうのです。

あなたはそれを被害妄想だとおもいますか?

核の平和利用、原子力は安い、電気代が下がる

そんな言葉をまだ信じますか?

原子力と引き換えにしたもの。
それはどんなにお金を積もうと、誰がどう責任をとろうと、もう取り返しがつかないものなのです。
(だからと言って、たとえば裁判をしなくていいとか、誰も責任を取らなくてもいいということを言いたいわけではありません。)

価値基準がひっくり返ってしまっているからこそ、ずっと「おかしいこと」がまかり通ってしまっているように私は思います。

一番大切なのは
いのち
です。

命を優先に考えていれば、
核を使う原子力などもってのほかなのです。

命をどう守るかを考えなければならないほどのことがあったのに(東日本に人が住めなくなる、海外にも迷惑がかかるほどの出来事)誰も責任を取らないのは「国」として1番恐ろしいことです。

2011年から15年。
16年目の2026年。

これから「どう生きて行くか」を改めてまた考える一年を今年もまた過ごしていきます。

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