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ハゲ・ソーラー

エネルギー問題…。
によって、戦争も引き起こされてるのです。
たかがエネルギーのことで、最近の人類は、殺し合いしてる。
おかしなことです。
原発事故が起こってから日本でも、自然エネルギーに注目が注がれていますが、また新たな火種になっています。
風力発電は、低周波の問題。
ソーラー発電はこれまた新しい公害の問題と、あまりに熱くなりすぎて火事や気候変動に寄与してしまうということ。
つまり、今の私たちの科学技術では、「これです!これこそ人類を幸せにします!」と言いながら、次から次へと、幸せになれないものが開発されてしまう。
何がいけないのでしょう?
たとえばメガソーラーなどは広い土地が必要なため、広い農地を買い取ってそれを設置する。見渡す限りのメガソーラー地帯を青森県の山林で見ましたが、絶句しました。
しかし、個人の住宅の屋根に設置してるソーラーパネルでさえ、熱があがりすぎて、火事の原因になることもあるという。
メガであれば、広い面積で巨大な上昇気流をまきおこし、限定された地域の気候変動を引き起こしてもおかしくない、ということまで、普通に考えられると思います。
たとえば、植物はなぜ緑かといえば、「ほどほどの」光合成のため、なんですね。
あえてエネルギー効率を悪くつくってある。
本当に、最高の状態にしたければ、黒であったほうがよかった。
しかし、それでは熱を持ちすぎる。
このような狭い日本で、原発が50基以上も乱立していた。
それがみな止まっても、日本のエネルギー生活に何も問題が起こらなかった。
なのに、なぜ、こぞって自然エネルギー開発に夢中になってるのかな?
エネルギー問題…戦争まで起こして。
よくよく調べてみると嘘ばかりを、まき散らしてるように思います。
たとえば、昔は、「石油が20年30年したらなくなるのだから、原子力しか無い」と。しかし…。
もう40年以上たったけれど、車業界はどこ吹く風です。
本当の話であれば、車業界は、必死で電気自動車に切り替え終わってなければいけなかった。
嘘はついてはいけないですよね~。
しかも、国策だったんですから。
じゃ、なぜ、科学技術が私たちを幸せにしてくれないのかしら?
やっぱり、私たちが、まちがってたんですね。
まず、エネルギーが本当に足りない?なら、みんなで早く寝たら良かったんですよ。
昨年北海道全域が停電になって、信号もつかない状態。
秋だったので、夕方6時半ぐらいにはもうキッチンが真っ暗でした。
7時には、ランタンつけて寝る準備です。だって暗くて本も読めないんです。
昔はこうだったんじゃないのかな?
私が子どもの頃、もう50年前になりますが、「ようやく電気が通った」なんて北海道の山奥の地域の話を聞いたことがあります。
便利ですよね?掃除機、洗濯機、炊飯器。
そうして、社会が良くなったのか…といえば、人間の心が荒れて、子どもたちが殺されるようなそんな時代になってしまった。
何がまちがってるか…。
たくさんあるんだと思います。間違いは。
政治の間違いもあるでしょう?でも、国民もまちがっていましたね。
私たち国民が、「嘘をつかない、嘘を許さない」という生活を送ること。
小さな子どもに厳しくする必要は無いと思いますよ。大人がそれに努力してる姿勢を示せばいいだけですからね。
(小さな子どもの中のファンタジーの話もあるのですから)
特に許されないのは、税金を預かってる人たちが、嘘をついてはいけないということです。
その嘘のせいで、産業が興り、既得権益ができてしまう。
原子力産業は、石油が亡くなるという嘘の物質化だったのです。
もう一つ大きな嘘は、核のゴミ(10万年隔離が必要な猛毒)の処理技術が「もう少しでできる」というものでした。
それは、確立されてから運転されるべきだったのに。
トレイのないマンション…と言われて、その汚物の行き場のために、これまた、次から次へと「ここなら埋められる」と、官僚の後輩達が先輩のついた嘘の世界を物質化するために、生きています。
悲しいなぁ。
地震国の日本では、大きなエネルギーがボン!っと一つあるんじゃなくて、小規模多種類分散、であることが絶対条件じゃないでしょうかね?(コレは本当に北海道の教訓ですね)
先日、千歳空港の一つの試みがニュースになっていました。
昨年の地震のとき、千歳空港も大パニックになったんですね。たくさんの海外からのお客様の不安に対応できなかった。
それで、緊急事態のときは、多言語での緊急案内ができるように準備してる。
正直、当たり前のことなのに、とても感動しました。
つまり、問題が起こって、その解決策を考えて、次の緊急事態のために準備しておく。
この失敗から学ぶルーティンが、実は日本にとってめずらしい感動話だと、気づきませんか?
日本人は、失敗談から学ばず、成功体験にすがる、という分析の本を読んだことがありますが。
成功体験をまったく同じように起こるかのように期待する…でも時代も人も相手も違えば、たまたまうまくいったことが次うまくいくと限らない。
この成功体験に固執する態度は、戦争で言えば日露戦争ですね。根性で闘えば不可能でも勝利があるかも…というその成功体験で太平洋戦争のひどい敗戦を導いてしまった。また、戦後日本に起こった経済成長もまた起こるかのように…すがってる経済界。
つまり、まあ、田舎者なんですよね。地球の。
地球上で今、小規模でかつ、無害な発電の技術がたくさん出ています。
川の流れを利用した小さな発電、波、温度差、寒さ、などなど。
その技術に使用される道具や部品が環境破壊をしないか…?
私たちに日本人が失敗から学ぶことができない民族だという指摘は当たってるのかもしれません。
たとえば、大洪水とともに山や森などから、メガソーラーのパネルが流されてきても、それ自体が、公害物質であり(自然分解などできない)また、パネルのために、木々を切り倒し、草が生えてこないように農薬を大量にまかなければいけない。
それは地下水や川に流れ込み、便利を追求した私たちに仕返しにやってくるという寸法です。
原発事故とまったく同じで、ただ、毒が垂れ流される技術なんです。
何が問題かというと、「私たちのためであるかのような嘘であって、儲かってる人はちゃんといる」
ということですね。
その人達のために、立派なプレゼンテーションが行われ国の予算がついて、私たちの電気料金からも、すでに自然エネルギーのためのお金が抜かれています。
けれど…。
このような発想、このような構図では、私たちは決して幸せになることはできないんです。
嘘は一つつくと、次々と嘘をつかなければいけないので、決して幸せになれない。
だから、今日本のエネルギー問題は、何が本当なのかわからなくなってる。
たぶん、ついてきた側もそうなんじゃないでしょうか?
とりあえずの時間稼ぎ。
でも、一つの嘘が原発事故まで引き越しても、そのことから私たち、何も学んでいないように思います。
失敗に目をつむり、成功体験としてまだ利益追求でウロウロしてる。
何か言えば、とにかく、口封じなのか?
私はそういう国だと信じたくないよ。
農地も転用可能に、山林の木を切り倒す規制もなくなったように聞いています。植樹もしなくていいと。
チェルノブイリの救援は昔は、ロシア経由でした。
そしてベラルーシ空港でもロシア空港でも山の無い平坦な大地をみてずいぶんさみしく思ったものです。
そしてモスクワを出発して成田上空にやってくると、山々が見えてきてその緑のグラデーションになんて美しいんだろうと感動したものです。
自然と「たたなづく青垣…」という言葉が浮かびました。

「大和(ヤマト)は 国のまほろば たたなづく 青垣(あおがき) 山隠(やまごも)れる ヤマトしうるはし」

古事記に出てくるヤマトタケルという人が、国をほめるのにうたったといわれてる詩ですが。
古代の話ですね。
飛行機の上から、山々が「たたなづく青垣」のように見えて、ああ、本当にヤマトタケルは白鳥になってこの青々とした日本を上空からみたのかしら…と思うほど。
それはそれは美しい日本の財産なのに、日本人の誰もが守るべき宝だと思ってない。
しかし、その子孫のわれわれは、夜遅くまで起きていたい、こうこうとした電気をつけてコンビニを開けておきたいというそういうことのために、この青垣を失って、はげ山列島になってしまうのでしょうか?
願わくば汚染された樹木を切り倒し、加工して素知らぬ顔で、外国に売ってしまうような、そのような卑怯なことをして、日本人はすごい!という妄想の世界に住んで欲しくないと思います。
チェルノブイリで行われた愚。
だから、私は北欧産の家具は買えないな~と思ってたけれど、日本もその愚を繰り返すのか…。
今の日本人に必要なのは、哲学ですね。
私たち人間は自然の産物なのですから、自然が無い中で生きていられるわけがないのです。
(もし生きてられるとしたら、未来人の姿もまあ見ていますね。服も着ないで裸でウロウロあるいて、顔は目だけが異様に大きく顎は小さい。そう、宇宙人グレイ。原始時代からの人骨から見て私たちの顔は噛む回数が少なくなり、顎が小さくなり、目が大きくなってきてるそうです。それをそのまま移行させていけば、あのような顔になるそうです。歯が生えてこれなくて生きていけるのかどうか…)
何が言いたいか…。
高らかに希望がさけばけれても、嘘の上に真実の家は建てられない。
「国破れて山河あり」でさえなくなるということ。山河こそ日本の宝だったのにそれさえ、はげ山だらけになる。
洪水になる?いいじゃないの?後始末でもうかる企業が出てくるし…そんな発想。
救いがないですね。

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