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11.32026
わかなのブログ vol38それでも、この計画を続けるのか
大間原発について、気になるニュースがありました。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2939805
大間原発の敷地内には、「シームS-11」と呼ばれる粘土質の地層があるそうです。
この地層については、将来、動く可能性を否定できないことがこれまで議論されてきました。
そこで電源開発は、2026年3月から、風化して脆くなった部分を取り除く作業を本格的に進めています。
原子力規制委員会も現地を調査し、今回の調査では、その作業が適正に行われていることを確認したとしています。
電源開発は、2027年度末までに約20万立方メートルの土を取り除く予定だそうです。
もちろん、安全のために必要な工事をきちんと行うことは大切です。
「危険だから何もしない」のではなく、必要な対策を講じる。
それ自体は当然のことだと思います。
でも、私はここで、別の疑問が出てきます。
果たして、この工事をすれば、本当にこの計画は成り立つのでしょうか。
そして、
そもそも、そこまでして大間原発を建設しなければならないのでしょうか。
大間原発をめぐっては、函館市が建設凍結を求める訴訟を続けています。
2026年7月の口頭弁論でも、原告側は、敷地内の断層について、電源開発の評価には根拠が不十分で、将来活動する可能性を否定できないと主張しています。裁判は現在も続いています。(函館市公式ウェブサイト)
つまり、大間原発は、
「工事をすれば、それで全部解決」
という単純な話ではありません。
地層の問題。
安全性の問題。
建設そのものをめぐる反対や訴訟。
そして、これから新しい工程をどう組み直していくのかという問題。
いくつもの問題が重なっています。
しかも今回の報道では、電源開発が2026年秋ごろまでに示すとしていた安全対策工事の新しい工程を、まだ示せなかったことも伝えられています。
大間町長からは「本当に残念だった」との言葉があり、青森県側からも「工期ありきではなく、安全確保を第一に」と求められています。(TBS NEWS DIG)
私は、ここがとても大切だと思うのです。
原発というものは、一度事故が起きてしまえば、
「やっぱり無理でした」
では済まされません。
だからこそ、
「ここまでお金をかけたから」
「ここまで工事を進めたから」
「今さら計画を止められないから」
という理由で、計画を続けることがあってはいけないと思います。
本当に安全なのか。
本当に必要なのか。
この場所で、本当にこの施設を動かすことができるのか。
そして、
これから何十年、何百年という時間を考えたとき、それでもこの選択をするのか。
そこまで考える必要があるのではないでしょうか。
私は、計画を続けることそのものを目的にしてはいけないと思っています。
もし調査を重ね、工事を重ね、それでも問題が残るのであれば。
もし、社会的な合意を得ることが難しいのであれば。
もし、現実的に計画を成り立たせることが難しいのであれば。
「ここまでやってきたけれど、これは難しい」と立ち止まることも、責任のある判断なのではないでしょうか。
諦めることと、無責任に続けることは同じではありません。
むしろ、
「やめることができる」
という選択肢を持っていることこそ、本当の意味で安全を考えることなのではないでしょうか。
福島の事故から15年。
私たちは、原発事故が起きた後に何が起こるのかを、すでに知っています。
だからこそ私は、
「できるかどうか」だけではなく、「本当にやる必要があるのか」まで考えてほしい。
そう思います。
計画を実行することが目的になってはいけない。
工事を完成させることが目的になってはいけない。
大切なのは、
そこに暮らす人たちが、これから先も安心して生きていけるのか。
そのことなのではないでしょうか。
「安全を確保できるまで工事をする」のではなく、
「安全を確保できないなら、無理に進めない」
という選択肢も、私たちは持っていていいはずです。
もう難しいのであれば、
「難しい」
と言っていい。
立ち止まっていい。
やめるという選択をしてもいい。
私は、それもまた未来に対する責任だと思っています。



