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10.122026
わかなのブログ vol29 私、には何ができるのか
「私には、何ができるのだろう。」
最近、そんなことをよく考えます。
社会で起きていることを見ていると、無力感を感じることがあります。
政治のこと。
戦争のこと。
原発のこと。
災害のこと。
私たちの暮らしのこと。
大きな問題があまりにもたくさんあって、一人の人間にできることなんて、本当に小さい。
それでも私は、自分にできることを考えたいと思っています。
私は15年前、福島県伊達市で原発事故を経験しました。
当時、私は15歳でした。
中学校の卒業式の日に、3月11日がありました。
あの日から、私の人生は大きく変わりました。
けれど私は、原発事故について何か専門的な研究をしてきたわけではありません。
起こっていることについて、深い勉強ができているわけでもない。
知識が豊富なわけでもありません。
だから私は、自分が経験したことを元にして語ることしかできません。
自分が見たもの。
自分が感じたこと。
自分の中に残っている記憶。
それを、できるだけ素直に書いていく。
今の私にできることは、それなのだと思っています。
でも、私はそれにも意味があるはずだと思っています。
なぜなら、社会で起きていることをすべて知っている人なんて、きっといないからです。
専門家には専門家の視点がある。
研究者には研究者の視点がある。
政治家には政治家の視点がある。
そして、そこに実際に生きていた人には、その人にしか語れないものがあります。
私は、15歳のときに福島で何を感じたのか。
何が怖かったのか。
何を言えなかったのか。
何に違和感を持ったのか。
そして、その後どんな人生を歩んできたのか。
それを語ることなら、私にもできます。
だから私は、こうして書いています。
原発事故が起きたあと、福島県内では自殺やいじめ、DVなどが顕著に増えました。
福島県で精神科医をしている蟻塚先生も、こうした問題についてデータを取り、調査を続けています。
そして、その背景には、震災や原発事故によって感じたこと、思っていることを言えずに、内側に秘めたまま過ごしたことがあるとも言われています。
私は、その話を聞いたとき、自分自身のことを思い出しました。
私も過去、自殺しようとしたことがあります。
高校生の頃。
冬の寒い時期でした。
川に飛び込もうか。
山に歩いて行こうか。
そんなことを考えていました。
当時の私もやはり、自分の不安や、自分が感じていることを、誰にも話すことができませんでした。
唯一、Twitterという場所が、私がすべてをさらけ出せる場所でした。
学校のスクールカウンセラーとの時間も、私にとっては大切な時間でした。
それでも、原発事故への不安、放射能への不安、社会に対するさまざまな不信感。
そうしたものをすべて伝えることは、やはり難しかったのです。
今、社会のさまざまなことに対して、無力感を感じている人もいると思います。
「自分一人が何をしたって、何も変わらない」
そう思ってしまう人もいるでしょう。
私自身も、そう思うことがあります。
でも、私は講演会などでこれまで伝えてきたことがあります。
その内容は、ずっと変わっていません。
私が何を経験してきたのか。
そして、皆さんにいつも問いかけていること。
あなたは、何をしたいですか。
何をしたくないですか。
何ができますか。
何ができませんか。
誰といたいですか。
どこにいたいですか。
そして、
あなたは、どう生きたいですか。
これを私は、「生きる覚悟を持つ」という言葉で話してきました。
「生きる覚悟」と言うと、なんだか大げさに聞こえるかもしれません。
何のことだろうと思う人もいるでしょう。
でも、なんてことはないのです。
これは、
「あなたは、どう生きていきたいですか?」
という問いなのです。
私は、
命を大切にして生きていきたい。
そう思っています。
「何を当たり前のことを」
と鼻で笑われるかもしれません。
でも、私の人生にとって、
「命を大切にする」
ということは、「当たり前のこと」と鼻で笑えるほど簡単なことではありませんでした。
生きることそのものが、とても難しい時期があったからです。
そして今、この世界で「生きること」は、決して容易なことではなくなっています。
生きるためにはお金が必要です。
そのお金を稼ぐために、健康を害することもある。
嫌なことがあっても、生活のために我慢する。
本当に不条理なことが起きても、
「仕方がない」
として目を瞑る。
見て見ぬ振りをする。
そうしなければ生きていけないような社会の中で、私たちは生きています。
でも私は、そんな生き方や、そんな社会システムに加担したくはありません。
こんなことを言うと、
「お花畑だ」
「現実逃避するな」
と言われるかもしれません。
それでも、私はこれを綺麗事にはしたくないのです。
私は、生き物として本来あるべき方向性を追求したい。
命を脅かすものからは遠ざかる。
ただ、それだけのことです。
とてもシンプルなことなのです。
もちろん、「嫌なものから全部逃げればいい」と言っているわけではありません。
現実を見ないこととも違います。
むしろ、現実を見る。
今、何が起きているのかを見る。
自分が置かれている状況を見る。
その上で、
自分はどうするのかを選択する。
私は、それが大切なのだと思っています。
映画『マトリックス』の世界のようなものです。
私たちは、常に選択を問われています。
何を選ぶのか。
どちらに進むのか。
何を受け入れ、
何を拒むのか。
誰といるのか。
どこにいるのか。
どう生きるのか。
その選択を、誰かに全部決めてもらう必要はないのです。
もちろん、いつでも自由に選択できるわけではありません。
お金の問題もある。
家族の問題もある。
仕事の問題もある。
社会の制度もある。
簡単には動けない現実もあります。
だからこそ、私は「自分で選択する」ということを、理想論だけでは終わらせたくない。
今の自分にできることは何なのか。
今の自分にはできないことは何なのか。
それを見極めることもまた、選択なのだと思います。
私にできることは、本当に些細なことかもしれません。
こうして文章を書くこと。
自分の経験を話すこと。
誰かに問いを投げかけること。
誰かの話を聞くこと。
そして、自分自身がどう生きたいのかを考え続けること。
たったそれだけかもしれません。
でも、私は自分がほんの1ミリでも、その方向に進むことで心地よくいられます。
それは、悪いことから目を背けて離れることとは違います。
現実を見つめる。
そして、自分がまた選択する。
その繰り返しです。
一人ひとりが、自分の人生を自分で選択することができれば、必ず向かう先は、一つの座標に交わっていくのではないかと私は思っています。
それぞれ違う場所にいてもいい。
考え方が違ってもいい。
生き方が違ってもいい。
それでも、
「命を大切にしたい」
「自分も相手も尊重したい」
「自分の人生を自分で生きたい」
そんな思いを持つ人たちが、それぞれの場所から1ミリずつ進んでいけば、いつか同じ方向へ向かっていくのではないでしょうか。
だから私は、
「私には何ができるのか」
という問いを、これからも持ち続けたいと思っています。
大きなことはできない。
社会を一人で変えることもできない。
政治を一人で変えることもできない。
戦争を一人で止めることもできない。
原発事故をなかったことにすることもできない。
でも、
自分がどう生きるかは、
今日の自分にも選ぶことができる。
自分の感じたことを、なかったことにしない。
怖いものを怖いと言う。
おかしいものを、おかしいと言う。
誰かの命を、自分の都合で軽く扱わない。
そして、自分自身の命も軽く扱わない。
私は、そこから始めたいのです。
15年前、私は15歳でした。
あの日から、私はずっと「生きる」ということを考えてきました。
何のために生きるのか。
どう生きるのか。
誰と生きるのか。
どこで生きるのか。
何を大切にするのか。
今でも、その答えは完全には分かりません。
それでも、問い続けることには意味があると思っています。
なぜなら、
「私はどう生きたいのか」
という問いを持つことそのものが、自分の人生を自分の手に取り戻すことだからです。
だから私は、これからも書きます。
私が知っていることではなく、
私が経験したことを。
私が感じたことを。
私が考えたことを。
それが誰かの役に立つかどうかは、私には分かりません。
でも、もし誰かがこの文章を読んで、
「私はどう生きたいんだろう」
と一瞬でも立ち止まってくれたなら。
「私は何をしたいんだろう」
「何をしたくないんだろう」
「何ができて、何ができないんだろう」
「誰と、どこにいたいんだろう」
と考えてくれたなら。
それだけでも、私がここで言葉を残す意味はあるのだと思います。
私にできることは、ほんの1ミリかもしれません。
それでも私は、その1ミリを大切にしたい。
自分の命を大切にする方向へ。
誰かの命を大切にする方向へ。
そして、
自分も、あなたも、それぞれの人生を自分で選択して生きていける方向へ。
私は、今日もまた一歩進みたいと思っています。

