BLOG
8.92026
わかなのブログvol.14唯一の被ばく国として、日本はこれから何を守ろうとしているのだろう。
唯一の被ばく国として、日本はこれから何を守ろうとしているのだろう。
広島、長崎に原子爆弾が投下されてから81年。
今年も平和記念式典が行われ、多くの人が犠牲となったあの日を静かに祈る一日となりました。
式典では、日本が唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現を目指し、被爆の実相を次の世代へ伝えていく使命について語られました。
世界の安全保障環境が厳しさを増していることにも触れられ、「核兵器のない世界」への道のりは決して平坦ではないという認識も示されました。
私は、その言葉を聞きながら考えていました。
広島、長崎から81年。
日本は、この81年間で何を守ろうとしてきたのだろう。
そして、これから何を守ろうとしているのだろう、と。
戦後日本が歩んできた道
1945年、広島と長崎に原子爆弾が投下されました。
二度と戦争を繰り返さない。
二度と核兵器による悲劇を生まない。
その強い思いの中で、日本は戦後復興を進めてきました。
1947年には日本国憲法が施行され、第9条には戦争の放棄が掲げられました。
その後、自衛隊が発足し、防衛体制は少しずつ整えられていきますが、基本的には「専守防衛」という考え方が長く日本の安全保障政策の柱となってきました。
1976年には、防衛費をおおむねGNP(国民総生産)の1%以内に抑えるという考え方が示されました。
また、日本は「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を国是として掲げ、1968年に示され、1971年には国会で決議されました。
もちろん、この81年間、防衛政策がまったく変わらなかったわけではありません。
国際情勢は変化し、日本もその都度、安全保障政策を見直してきました。
近年、大きく変わった安全保障政策
特にここ数年、日本の安全保障政策は大きく動いています。
2022年には国家安全保障戦略など安全保障関連3文書が改定されました。
この中で、防衛力の抜本的強化が打ち出され、防衛費を段階的に増額し、2027年度にはGDP比約2%水準を目指す方針が示されました。
さらに、「反撃能力(スタンドオフ防衛能力)」の保有が政策として位置づけられ、従来よりも長い射程を持つ装備の整備が進められています。
2024年から2026年にかけては、長射程ミサイルの配備が始まり、自衛隊基地の機能強化や防衛産業への投資も進められています。
政府は、こうした政策について「国民の命と暮らしを守るため」「抑止力を高めるため」と説明しています。
世界では、ロシアによるウクライナ侵攻、中東情勢の緊迫化、東アジアの安全保障環境の変化など、不安定な状況が続いています。
そうした中で、防衛力を強化する必要があるという考え方があることも理解できます。
一方で、日本国内では、防災や災害対策、少子高齢化、医療や福祉など、多くの課題も抱えています。
だからこそ、「限られた財源や人材をどのように配分し、何を優先するのか」という議論も続いています。
私は福島で原発事故を経験しました
私が15歳だった2011年。
東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が起きました。
あの日から、私の人生は大きく変わりました。
故郷の景色。
友人との日常。
将来への希望。
「当たり前」だったものが、一瞬で当たり前ではなくなりました。
だから私にとって、「命を守る」という言葉は、とても重い意味を持っています。
命は、戦争だけで失われるものではありません。
災害でも失われます。
原発事故でも失われます。
避難生活の中でも、人は健康や生活、生きる希望を失うことがあります。
だから私は、「安全保障」という言葉を聞くたびに考えるのです。
命を守るとは、どういうことなのだろう、と。
平和とは何でしょうか
平和とは、戦争が起きていない状態だけを指すのでしょうか。
私は、それだけではないと思っています。
安心して眠れること。
安心して子どもを育てられること。
災害が起きても安心して避難できること。
病気になっても医療を受けられること。
高齢になっても安心して暮らせること。
故郷を失わずに暮らせること。
そうした一つひとつの日常が守られていることも、平和なのではないでしょうか。
広島の被爆者の方々が伝え続けてきたものも、単に「戦争反対」という言葉だけではなく、「命の尊さ」だったのではないかと私は思います。
そして、福島で原発事故を経験した私もまた、同じことを考えます。
人は、命があるだけでは生きていけません。
安心できる暮らしがあり、故郷があり、未来への希望があってこそ、「生きる」ということが成り立つのだと思います。
日本だからこそできること
日本は、広島と長崎で原子爆弾を経験しました。
福島では原発事故を経験しました。
さらに阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震など、数多くの自然災害を経験してきました。
これほど多くの苦しみを経験してきた国は、決して多くありません。
だからこそ、その経験を未来へ生かす責任があるのではないでしょうか。
戦争の悲惨さを伝えること。
被爆の実相を伝えること。
震災の教訓を伝えること。
原発事故の現実を伝えること。
そして、命や尊厳を守ることの大切さを世界へ発信していくこと。
私は、それこそが日本だからこそ果たせる役割の一つだと思っています。
私が願う未来
私は、防衛について考えることが間違っているとは思いません。
防災について考えることも、エネルギーについて考えることも、どれも大切なことです。
だからこそ、それらを対立させるのではなく、「私たちは何を一番大切にしたいのか」という原点を、これからも問い続けていきたいのです。
広島から81年。
戦後80年以上を経た今も、世界には戦争があり、核兵器も存在しています。
だからこそ私は、広島の記憶を過去の出来事として終わらせたくありません。
そして、福島で原発事故を経験した一人としても、その経験を「終わった出来事」にしたくありません。
命を守るとは何か。
平和とは何か。
その答えは、一つではないのかもしれません。
それでも私は、これからも考え続けたいと思います。
広島の記憶を受け継ぎながら。
福島で生きてきた一人として。
そして、一人の日本人として。
未来の子どもたちが、「平和な時代に生まれてよかった」と心から思える社会を残すために。
命を奪うためではなく、
命を守るために物事を考えていきたいと思います。

