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ジャパニーズ・ドリームの終焉

息子さんがひきこもりで、隣の小学校の声がうるさいというから、父親が殺した…という話を見て、ああ、世も末だなぁと思いました。
そして犯人の家が映像で流れるわけですが、私はああジャパニーズドリームの終焉と限界がハッキリ見えたなと思いました。
あの家を見ればこの国の間違いがハッキリわかるのになぁ。
私たちはチェルノブイリの救援活動していた関係で、ベラルーシへ足を運びます。
1992年に始めたのですが、最初に行ったのは1994年でしょうか?
その頃は、ロシア(モスクワ)を経由してベラルーシに入るルートを通っていたのです。それは危険でありますが、そのルートがいちばん安価だったのです。
バザーで活動資金を捻出していた私たちにとっては、多少危険でも、選択肢はあまりありませんでした。
そして、旧ソ連は社会主義だったので、家土地は、国のもの。
国がすべての国民に貸し付けてる形です。
なので、ホームレスなどがいたら「事件」、官僚の責任が問われる事態。
また、移動や住むところは国が決めるので、勝手に往来で寝てたりしたら、警察に連れて行かれたでしょう。
それで、農村地帯は、一軒家ですが、私たちのイメージしてるような家とはちょと違います。日本の昭和40年ぐらいの。二階建てはなく、みな平屋の…。
あるいはアパート型か団地でした。
「ひまわり」という映画をみていただけたら、とてもよく伝わると思います。

旧ソ連が崩壊して、エリツィン大統領が誕生しましたが、モスクワの空港から街中の大団地群を指さして通訳の方が「あそこにエリツィンが住んでたんだよ」と。
とても驚きました。
あの国では「格差」は禁忌だったのです。
物質的な。だから、どの国民もどの官僚も、物質的な、金銭的な、差異はありませんでした。
そこは徹底していたように思います。
お医者さんだろうが、農民だろうが、特権階級の官僚だろうが、みな、給料も似通っていて、与えられるアパートや住居は、職種と言うより子どもが多ければ広い、など。
男女も平等でした。国民全員、公務員で、なんらかの仕事についてる。
そういう世界の中で、誰が偉いかというと、官僚と、政治家。
しかし、絶大だったのは、官僚組織でしょう。
だからKGBという国民監視組織は、恐ろしいほどに完璧でした。
その体制を維持したい、と願った人々の、国民支配の道具。
政府への不平不満を言えば、移動の自由、のない国で、「次の日、その人は消えていたんだよね~」と人々がしみじみ語っていました。
すべてが平等になった国では、決定権を持った組織が、特権階級になります。
人間というのは組織がなければ生きていけない動物ですよ。
そういう国から日本に帰ってくれば、自由の良さを体感できますが、格差で苦しんでる人が目につくようになりますね。
日本人はもちろん団地もありますが、一軒家に住む!ということが、ジャパニーズ・ドリームだと、言われていた時代がありました。
経済成長期でしょうか?
思い思いの、かわいらしい、あるいは、スタイリッシュな、そういう住宅が建ち並ぶ地域もありますよね。
今回の事件をみて、まず、最初に思ったのは、「息子が迷惑をかけたら困るから…」という言い草ですが。いやいや、国民に迷惑かけてたのは、あなたたち官僚の、その特権階級ぶりでしょう?
あの家を見れば、どれだけ国民の税金から収奪できたかを物語っていますよ。
今回の事件でカチンときたのは、そこなのか?
と笑っておられるかたもいらっしゃるでしょうが。
政府は「国民の老後には2000万円たりないんじゃないのか?}と言い始めていますが。
そんなことは、官僚達はもうわかっていて、公務員たちの老後は守られています。
「うちの親は公務員だから老後の心配はしなくていい」とハッキリ言ってた若者がいました。
二千万円などでは足りないでしょう。
もしも、認知症になった、身体が不自由になった、施設に入る、医療を受けるとなったら、重症だったら…。施設に入っても、生活必需品があるわけで、そのようなお金も飛んでいきますよ。
今の月額16~20万円ぐらいのケアホームなどは、公務員の年金でないと、入れないでしょう。
何がいいたいか?
ですよ。
つまり、おれは次官までいった!とか、公務員の頂点にたった人間であっても、国民が老後に食べていけないことを知ってて、自分たちが国民の上に別の国を築いてきたことを恥じるわけでもなく、堂々とあのような立派な家を建てて、老後の備えも国民の税金で、永久機関のようにお金が流れ込んでくる。年金だって、国民年金だけの人に比べたら数倍です。
いやいや、それだけお国のためにつくしてきたのだから、という人もいるが、今の日本は、「先送りしてきた問題しかない」国になっています。
農業も、次世代に次がせず、種も農薬も枯れ葉剤の導入を決めて…ってそんなの食べものじゃなくて、食べる兵器。
税金払ってもリターンがない。
そんな国造りしてきた人たちに高給払う馬鹿が私たちです。
まず、何がおかしいといっても、学校です。あそこは治外法権です。
たとえば、「共産主義、社会主義の元で生きて行くには…、強い精神力が必要です。明日から靴下は【白】と言われたら白い物だけが靴下とよばれる。それが役人の気が変わって靴下は【黒】と言われたら黒になる。そういう状況下で、はいそうですか、といって、心をわずらわせずにいられるひとだけが生き残れる」
という会話をしたことを覚えています。
日本の学校で、下着の色まで決める校則があり、それをチェックするというその破廉恥さの自覚も無いし、そもそも学校にそんなこと決める権利は無い。下着の色は思想信条の自由と直結する。
子どもを支配したい、という位置づけ。
家庭に帰れば、そのような人たちは、妻や子どもを支配するでしょう。
家族なのに。
私はゾッとする。
人もうらやむような素敵なおうちにすんで、雑誌の取材も受けられるような内装でも、住んでる人が奴隷のように支配されて、生きる生き方も、パンツの色まで決められて、働かなければいけないと、だけど、そんな仕事はダメといわれて、そんな世界から私は逃げたい。
確かに旧ソ連は、言論の自由もなかったし、思想信条の自由もない、移動の自由もなかった。
太平洋戦争当時の日本のように、国民監視組織もありました。
そのため、官僚の腐敗が横行し、ワイロをもとめたりして国民たちの生活は、困難の連続でした。
子どもたちが海外保養にでる、パスポートの発行でさえ、いやがらせしかなかった。
そういう国を日本から見れば、なんだよなぁ。と思っていましたよ。
しかし、ここにきて、日本の、「特殊な人たちの豊かさ」が、恥ずかしくないのか?
と思うようになりました。
国民が食べていけないのに、老後のために、無駄遣いしないで必死でやりくりして、物を買うのもすべて100均で。老人ホームが高額で入れず、老老介護で殺人が心中してるのに、国は放置して、官僚や公務員の老後の準備だけはしてきた。
私は、あの家見たときに、収奪の象徴だなあと。
あんな家にジャパニーズ・ドリームの中に、幸せがつまってないことの悲しさに日本人がきづけるかどうかですよ。
どう生きるか、決めた自分が責任とる、そういう人生の主人公でいますか?
住宅ローンのために、お父さんとお母さんが忙しくて、子どもと時間を共有できないなんて…。
なんのために生きてるか…考える時間は、小学校からはじまってる徴兵に似たような教育ですべて奪われていく。考えないように。
大学出て就職して結婚して住宅ローン組んで返済して、それが大多数の段階の世代が考えていた日本人の幸せでしょう?
しかしその続きがあって、老人ホーム入れるか、入れないかで最後道がわかれる。
お金というのは、どんなにあっても、一晩でなくなるようなものです。
公務員の給料は最低賃金の何倍ですか?民間とあまりにかけはなれた退職金、そして老後の年金。
それが恥ずかしくない?国民に迷惑じゃない?
「国民が安心して老後を迎えられるように」って老人ホームもたくさんつくって、バリアフリーの住宅や道路や施設をつくって高齢化社会に備える、という社会の設計が、何もできてないんやないか~!!!!
官僚は、高給もらってきた人、なにしてたん?????
今本当にあれもこれも、不満が噴き出すところに来ています。
お金持ちの家の子どもが、「なんで働かないといけないの?」と疑問をもったら、それ正解です。
働く必要ない。親のためこんだお金を使い切って、社会に還元しなさい。
芸術家に投資する、慈善活動に寄付するでもいい、親が社会に迷惑かけて倫理的に不正な蓄財を、合法的にやってたとしたら、その金を社会に還元すればいい。不浄なお金は昔から「銭洗い弁天」などの言葉があるように、浄化すればいい。
昔から金持ちの子どもが、散在するのは、社会のためですよ。
これだけ、普通の国民は、無駄遣い一切できない状態。外食なんてできない人が一杯いる。
これで経済あがるわけがないのですから。
お金使う、だまされる、なんでも社会経験でしょう?
人の中に入れない、じゃなくて、入りたくない人が、いてもおかくしないですから。
お金は、正しく使われたいんだと思います。
どういうのが正しい使い方?
まずね、駅に近いところのデパートやチェーン店のレストランとかはダメですよ。
100均もダメ。
シャッター商店街(政治の敗北の結果)で、がんばってやってる食堂とか、そういう手作りのところにお金落としてみてください。
子ども食堂にいって、寄付して、そして皿あらいでも手伝いましょうか?
でもいいんです。
そうやって、人を助けるためにお金を使ってください。
そうすると、お金がどこに回っていないか、子どもが学ぶことができます。

「お父さん、こんな子どもの運動会の練習でうるさいな!殺したくなるよ」
「そうか、そうだなぁ、わかったよ、よし、それじゃ、ちょっと、金もあることだし、家族で旅行でも行こうか?北海道の被災地の温泉でもいってお金落としてこよう。
でかけるのがやなら、防音工事しようか?いやいや、家族3人、田舎に引っ越そうか?」
国民から奪ったお金を全部社会に還元して生きなさい。
子どもに何を教えてたら良いですか?
不正な社会のシステムにのっかって生きることを適応できてる、という価値観を持たせてはいけません。自分の人生、自分で手作りです。

子どもたちの声にさえ耐えられないほど、神経がまいってるんです。
中国人の知人が言ってましたね。エリートの。
「休暇のときは、中国でいちばん大変な人たちのところに行って、休む。先住民とか。そういう生活を子どもの頃にみて、人間これでも生きていく、という覚悟をつけさせる」
中国もエリートが失脚させられたりする国ですから。陰謀策略。
そんなめにあったたとしても、落ち込まず生き抜いて欲しい…と語っていた知人の親の愛が、日本にはないんだよねぇ。
日本人の考えが浅い。
国家の指導者に愛がなければ、組織に腐敗が蔓延するのは世の常ですね。

そして…日本はなんでも、問題先送り…の国ですが、問題を先送りするような官僚に、給料払うの辞めましょう。原発事故だって、問題山ずみなのに。

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