チェルノブイリ原子力発電所爆発の生態系上の影響概論

ベラルーシ共和国科学アカデミー放射能生物学研究所学会員 E.F.K

チェルノブイリ惨事は、原発事故・惨事を分類する国際的システムの基準でいうなら、最悪から7番目にランクされる。長時間続いた放射能放出の結果、チェルノブイリからさまざまな方向へさまざまな距離にわたり広大な土地が汚染された。
チェルノブイリの惨事は、科学、世界中の人々、政府機構に、最も複雑な地球規模の問題を投げかけた。これらの問題は、あらゆる団体、個人の共同した努力によってしか解決されることはない。そして、空中に広がった放射能雲の動きと放出の性質に関する信頼できる客観的な情報を得ることが、絶対に必要である。この情報は、惨事のもたらしたものに対処し、環境や民衆への影響を最小限にするための、至急のステップと長期的対策のための必要条件である。
1986年4月26日、過度の核分裂によってひき起こされた惨事の結果、チェルノブイリ原発4号炉で原子力燃料の散乱が起った。燃料と熱交換材の接触が蒸気爆発、炉の封印の減退、そして核燃料の大気中への噴出と進んだ。続く10日間に、黒鉛の燃焼、損傷した核燃料の酸化、発電機の2次過熱の過程で、さらなる噴出が起った。
惨事の時点でチェルノブイリ原発4号炉には、異なった放射性物質が40キロベクレルあった。それらはウラニウム、超ウラニウム、ヨード同位体、放射性セリウム、アンチモン、ストロンチウム、その他多くの半減期の短い放射性同位体である。
爆発の結果、多くの放射性物質が大気中に放出された。それらの半減期は、放射性降下物の強さにおけるそれぞれの役割と同様に、異なっている。放射性降下物には、モリブデン-239 (2.35日)、ネプツニウム-239 (2.35日)、テルリウム-132 ( 132日)、バリウム(12.7日)、セリウム-141 (36.5日)、ルセニウム-103 (34日)、ヨード-131 (8.04日)、ジルコニウム-95(64日)、その他が含まれている。その他の同位体は、より長い半減期をもっている。ルセニウム-10(372 日)、セリウム-144 (284 日)。さらに長い半減期のものは、ストロンチウム-90(29年)、セシウム-137 (32.2年)、プルトニウム-238 (87.7年)、プルトニウム-239 (24,110年)である。
チェルノブイリ原発爆発の量的査定は、原発の境界を越えたところに 3.5パーセントが漏れたことを示している。しかし、最近の外国の科学者作成のデータによると、この数字は大気中に放出された高温で溶ける放射性物質(ウラニウム、超ウラニウム元素、セシウム)しか計算されていない。ヨード-131 、セシウム-134, 137、ルセニウム-103, 106のような揮発性放射性降下物は50~60パーセントに達し、キセノンとクリプトンの希ガス放射性降下物は 100パーセントである。(1988年C.H.アトウッド、1990年S.A.カーン)
1986年4月26日の事故の時点での気象条件のために、放射能雲は北西に移動し、その後北に向かい、ベラルーシ共和国領土、バルチック地方、カリニングラード、サンクト・ペテルスブルグと白海に重大な環境放射能汚染をひき起こした。5月27~28日には、空中の放射能のかたまりはスカンジナヴィアの国々に達した。
4月28~29日チェルノブイリの放射能雲は、西から東へ移動する寒気団に当り、二つに分かれた。放射能雲の一方は北東に曲がり、他方はポーランド・ドイツ領へ向かった。
4月30日から5月1日に放射能レベルの増加が、ギリシャ・イタリア北部、スイス、オーストリア西部、チェコスロヴァキアで測定された。同日、大気中の放射能のかたまりは東方向へ移動していた。
5月2~3日、放射能雲は北西と南西ヨーロッパに広がった。同日、放射地レベルの増加がイギリス、ベルギー、アイルランド、フランス南西の各県で測定された。
チェルノブイリ原発爆発の衝撃は、ヨーロッパ南東部では、5月3~5日に最も強く感じられた。同日中に最大の放射性降下物があったのは、ギリシャ、ユーゴスラヴィア、イタリア、トルコ、アルバニアだった。
5月1日黒海海上でも、放射性降下が測定された。
5月6~8日には、事故現場からはるか遠いところでも、チェルノブイリ原発からの放射性物質噴出の余波が感じられた。放射能汚染が、中国、インド、日本、カナダ、アメリカで観測されたのである。例えば、日本で、空中のプルトニウム同位体濃縮のピークを5月3~10日と25~28日の2回観測した。これは4月26日のチェルノブイリ原発事故の10~20日後である。事故の12日後の5月1~5日には、台湾で放射能汚染が観測されている。5月13日には、インド領で放射性降下物が測定されている。5月9~10日には、アメリカの東西両海岸でより高濃度のセシウム-137 とヨード-131 が初めて測定された。
地上に降下した放射性物質は、ヨーロッパ経済共同体のすべての国々のさまざまな生物体を汚染した。いくつかの国々で、茸類、苺類、牛乳、家畜・野性動物の肉、1986年夏にバルチック海・黒海で獲られた魚類から相当高レベルの放射性物質が測定された。それらは、「チェルノブイリ前」の放射性物質のレベルをはるかに超えていた。
吸入や外部被曝とともに、汚染食品の消費は事故後の数年間、主にベラルーシ、ウクライナ、ロシア、スカンジナヴィアの国々、ブルガリア、ポーランド、ドイツ、その他の諸国の人々にとって、放射能線量の増加と同じ結果をもたらした。
放射性降下物は広い地域に広がったが、その約70パーセントはベラルーシに舞い降りた。ベラルーシのゴメリ地方やモギレフ地方、ロシアとウクライナのいくつかの地域の土壌汚染の度合いは、他のヨーロッパ各国のそれをはるかに超えている。下記の表は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアのセシウム-137 による汚染の度合いを示している。

★セシウム- 137汚染地域の総面積と汚染地域内共同体数
単位: キロベクレル、km2

このデータは、ベラルーシ共和国領の1パーセントを超える地域が1m2あたり 1,480キロベクレル以上のセシウム-137 によって汚染され、この地域のかなりの部分がチェルノブイリ原発に隣接する30kmの危険地帯の外周に位置していることを示している。
また、2パーセントを超えて1m2あたり555-1,480 キロベクレル、約5パーセントが1m2あたり186-555 キロベクレルのセシウム-137 によって汚染されている。
ベラルーシ共和国における放射能汚染の度合いと性質の研究は、汚染の危険性が、降下した放射性物質の量によってもたらされるばかりではなく、それらの化学的構造と地表面土壌への浸透の型にかなりよってもたらされるものであることを明らかにしている。後者は放射性物質と土壌の要素との相互作用の性質に影響する。そして、しばしば土壌や、地面とその表面の水や、植物や、さらには食物と生物連鎖の流動性と再分配に影響する。
セシウムとストロンチウムという放射性物質のデータは、それらの土壌中での存在は土壌の物理化学的な構造と、事故の性質と位相に条件つけられた放射性降下物の型によっていることを証明している。放射性セシウム(75~98パーセント)の基礎数量は強固に土壌と結びつき、「安定した」形で存在していることが確認されている。
ストロンチウム-90の容積は、セシウム-137, 134と比べると、水溶の形で(10パーセント)、交換可能な形で(83パーセントまで)より高い数値を示す。ほとんどの場合、交換可能な形のストロンチウム-90の量は、距離とともに増加し、汚染物質を増やす。
地表面の水に含まれる放射性物質の容積は、周期的なものであることがわかってきた。春から夏にかけてと夏から秋にかけての時期には、放射性物質の容積は冬に比べて2~10倍である。重要なことは、水の生態循環体系が周囲の水源地域から放射性汚染を堆積し、それらの汚染は地域の表面の汚染によっていることである。そして、水のエコシステムで、放射能汚染は底面堆積物→水性植物→浮遊物→水のように減少する。
通常、底面堆積物は 1,000~10,000倍汚染されている。放射性物質の大部分(80パーセント)は有機・非有機の浮遊物に吸収される。
地中の水に含まれる放射性物質の体積は、地表の水に含まれていると同様に、年間を通じて変化する。しかし、その差はそれほど顕著ではない。
ベラルーシ共和国の植物と動物はかなり放射能汚染を受けた。森林は放射性物質の濃縮器になった。なぜなら、森林は大気中に分散した放射性物質を留置する自然のフィルターだからである。現在までの汚染森林は 130万ヘクタール、ベラルーシ共和国の森林の20パーセントである。
チェルノブイリ原発事故の損害は、ベラルーシ共和国の農業に集中した。ゴメリとモギリョフ地方の約 257,000ヘクタールの農地が農業サイクルから除外され、ほぼそれと同じくらいの土地が人々の移住の過程で除外されるだろう。生産性と家畜の再生産は大幅に落ち込んでしまっている。家畜の物理学的な病気や新陳代謝系の病気が多数発見されてきている。
好ましくない放射能生態学的状況が汚染地域に住む人々の健康に否定的な傾向の伸長の引き金を引いてしまった。医療的生物学的研究が、多数の病気を明らかにしている。子どもと大人両方の特定の病気の約 1.5~2倍もの増加が汚染地域のほとんどに共通である。特に高血圧、心臓阻血、卒中、糖尿病、慢性肺病、末梢神経系の病気である。
1986年以降に汚染地域、特にブラーギン、ヴェトカ、ナロブリヤ、クラスノポーリエ地方での子どもの羅病率の上昇を強調する必要がある。長期的な流れと比較して、以下の病気がかなり増加してきている。それは鉄分欠乏性貧血、肺炎、気管支喘息、胃腸障害、慢性的耳鼻咽喉病である。人間の内分泌システムも、高い放射腺量の長時間被曝によって悪い影響を受けてしまった。ゴメリ地方に住む大人の甲状腺機能不全症は、1985年には10,000人に2~3人であったが1989年には5.2 人に増加した。(ベラルーシ共和国の平均は 2.4人と 2.9人である)
厳重管理地域での子どもの機能検査は、特有の甲状腺腫と、自己免疫性甲状腺炎と甲状腺機能不全を引き起こす危険要素の蓄積を示している。子どもの甲状腺の病気の 6.8パーセントは自己免疫性甲状腺炎と診断されてきた。1~3才の子どもは特に憂慮される。
1990年に甲状腺癌の症例が31、ベラルーシ共和国の子どもに診断された(そのうち17人は、ゴメリ地方出身だった)。1991年の9ヶ月間に45人の子どもが甲状腺癌と診断された(そのうち31人はゴメリ地方出身だった)。このように、1990年から1991年(9ヶ月間)にかけて、甲状腺癌の症例が76にも達した。この事実は、ベラルーシ共和国の異なった地方での甲状腺癌の増加に放射性物質の要因とその他の要因が果たす役割を調査するため、放射性疫学の至急で特別な研究が必要なことを指摘している。
超音波の、形態測定の、ホルモンの、生物化学の、免疫学の複合的な検査研究の結果、固有の状況が甲状腺のコンディションにある一定の影響を与えることが証明された。このことは、病状の度合いに応じて安定したヨード剤を服用することで、特定の地域の住民グループに見出される病気を治療する方法を開発した。
子どもの自己免疫性甲状腺炎が多くの免疫的、生物化学的変化を伴うことがわかってきた。このことは、複合的な治療が必要なことを示している。内分泌腺システムの機能障害は、調整反応において、最初は免疫システムに一時変異を引き起こす。
汚染地域での人間と動物の免疫システムの研究は、長時間にわたる放射能被曝は細胞と体液の免疫の機能障害を引き起こすことを明らかにした。もし好ましくない要因が人間の内臓器官に影響を与えながら留まっているとしたら、障害は慢性的免疫体不足へと進み、それらは器官と繊維に自己免疫炎症性の損傷を引き起こす。現在までのところ、放射能汚染地域での抗伝染病と生態免疫の弱化と、自己免疫の過程の発展が認められる。市町村での研究では、自然死と腫瘍壊死の要因を明確にすることを中心に行われた。
厳重管理地区での子どもと大人の免疫と内分泌システムの変化とは別に、統計的に重要なことに、染色体異常頻発の増加が認められている。例えば、細胞異常と染色体異常の増加は、モギレフ地方の患者(市民)の末梢血液のリンパ球培養で記録された。増加率は、対照集団(比較対照のための健常な集団)と比較して、2倍かそれ以上である。この増加は、異常染色体によると同様、孤立した断片、中心がふたつになったもの、中心をなくしたものの存在によるものである。この観察結果は、ある程度放射能汚染を証明するものである。つまり、染色体異常がひき起こされ、高い確率で遺伝性リスクをもつグループがつくられている。
汚染地域住民の社会学的調査の結果で、90パーセントを超える人々は、複雑で困難なことではあるが、移住が自己防衛の第一の方法であると考えていることがわかった。このことには、共同体の問題や職業その他の問題がからむ。移住の主要な動機は、悪化する健康状態の自己診断(質問された人々の70パーセント以上)と、子どもの健康、生活が好転するかへの懐疑である。1986年に移住した人たちの30パーセントが放射能のない安全な土地での生活を望み、再移住したがっていることを強調することは重要である。そのうちの一部の人たちは、他の共和国への移住に同意している。約30パーセントの人々は、以前の居住地と比べて生活条件と福祉の悪化を国家に訴えた。 5,000以上の所帯がゴメリ、モギリョフ地方から他の共和国へ自身の意志で去った。

結 論

1. チェルノブイリ原発事故は、人類史上最大の災害である。その爆発の放出物の量と性質は、北半球中に放射性降下物をひろげ、地球規模の後遺症を残した。チェルノブイリ原発事故の重大さは、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどチェルノブイリ原発に隣接するところばかりで明らかなわけではない。チェルノブイリ原発事故は、そのような事故の国際性を示した。
2. チェルノブイリ原発事故は、原発や核兵器が存在するかぎり核事故の危険性が存在することを示した。それらは、放射性降下物の害を受けたところばかりではなく、世界中のあらゆる国々の人々に健康上の危険を投げかけた。
3. この種の事故の可能性と同様に、チェルノブイリ原発事故の複雑さと大規模さは、あらゆる国のあらゆる組織、科学者、政府が、この事故の影響を最小限にする効果的な対策を見出し、勧告システムといかなる核事故の被害を完全になくすための対策を精密に作成するために、チェルノブイリ原発事故によって引き起こされた諸問題を共同調査する必要性を明らかにしている。
4. 私たちは、科学者、国家、民衆の努力が、核事故の被害を最小限にするための対策の開発と、核事故防止と世界の核施設の減少を目ざした共同行動とに向けられるべきことを認めるべきである。これらの問題の解決方法のひとつは、ベラルーシ共和国科学アカデミー放射性生物学研究所付属の、核事故の放射能生態学的、放射能生物学的影響を研究する国際センターの設立であろう。その主要な任務は、あらゆる核災害・事故の被害をなくす戦略の開発でなければならない。このセンターは、核事故の人類に対する危険と害に関する科学的な知識を広める社会政治的組織でもありうるだろう。このセンターは、核のないヨーロッパをめざす闘いに、大いに有益であろう。

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