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6.292026
わかなのブログVol.7 運動も、憲法も、そして私もあなたも――歴史が紡ぎ出したもの②
それでも私は、この社会で生きていく
先日の記事では、私が原発事故をきっかけに死の淵へ立ち、そして「生きる」ことを選ぶまでの話を書きました。
今回は、その続きを書こうと思います。
この間、原子力の歴史についてまとめたブログを書きました。
原子力にも歴史があります。
憲法にも歴史があります。
社会運動にも歴史があります。
そしてもちろん、私たち一人ひとりにも歴史があります。
私は「社会運動」という言葉に、長い間どこか違和感を持っていました。
なぜなら、本来、生活のあらゆることが社会活動だからです。
家族と生きること。
働くこと。
学ぶこと。
食べること。
子どもを育てること。
病気になること。
老いること。
誰かを愛すること。
そうした日々の営みそのものが、社会と深く結びついています。
だから本来、「社会問題」は遠い世界の話ではありません。
私たちの暮らしのすぐそばにあります。
原発事故もそうでした。
教育の問題もそうです。
貧困も、戦争も、差別も、環境問題もそうです。
すべては私たちの日常と地続きのところにあります。
社会運動とは、本来そうした問題に気づいた人たちが集まり、
「このままではいけない」
「もっと良くしたい」
という思いから生まれるものだったはずです。
人の営みの延長線上にあるものです。
ところが、いつの頃からか社会運動は、
「おじいさんやおばあさんがやっていること」
「一部の変わった人がやること」
のように扱われるようになりました。
もし、それが世の中が平和になった結果なのだとしたら、それは素晴らしいことです。
けれども、私にはそうは思えません。
むしろ逆なのではないかと思うのです。
問題意識を持ってほしくない人たちがいた。
子どもたちに問題意識を持たせたくない人たちがいた。
だからこそ、歴史をオブラートに包んだり、あることをなかったことにしたり、都合の悪いことを見えなくしたりしてきたのではないでしょうか。
嘘をつく。
あるいは沈黙する。
そして、それを
「仕方がない」
で済ませる。
そうしたことが少しずつ積み重なってきたように感じます。
原発事故のあと、私が感じた違和感も、まさにそこにありました。
目の前で起きていることがある。
苦しんでいる人がいる。
不安を抱えている人がいる。
それなのに、その声はなかったことにされていく。
私はその現実を目の当たりにしました。
だからこそ今も、「知ること」や「学ぶこと」を大切にしたいと思っています。
歴史を知ること。
誰かの声を聞くこと。
自分で考えること。
それは特別なことではありません。
本来、人が生きていく上で自然な営みなのだと思います。
そして今、私は希望を感じながら生きています。
もちろん、世の中にはたくさんの問題があります。
理不尽なこともあります。
悲しいこともあります。
怒りを覚えることもあります。
それでも私は希望を感じています。
なぜなら、私はあの時、「生きる」と決めたからです。
死ぬことではなく、生きることを選びました。
この社会の中で生きていくことを選びました。
もちろん、その選択は簡単なものではありませんでした。
今も苦しい人がたくさんいると思います。
生きることそのものが重荷になっている人もいるでしょう。
社会に絶望している人もいるでしょう。
私もそうだったから、その気持ちは少しわかるつもりです。
それでも、人が「生きていく」と決めた時、そこには何にも代えがたい力が生まれるのではないかと思うのです。
それは楽観ではありません。
現実逃避でもありません。
苦しみも、不条理も、悲しみも知った上で、それでも生きるという選択です。
私は、その選択の中にこそ希望があると思っています。
運動も、憲法も、社会も。
そして私も、あなたも。
すべては歴史の中で紡がれてきたものです。
誰かが声を上げたから今があります。
誰かが諦めなかったから今があります。
そして今度は、私たちが次の時代へ手渡していく番なのだと思います。
だから私は、これからも生きていきます。
学び続けます。
考え続けます。
そして願わくば、誰かが「生きよう」と思える小さなきっかけを、この社会の中に残していけたらと思っています。
それが、あの日「生きる」と決めた私にできることなのだと思うのです。
そしてもう一つ、最近私が希望を感じていることがあります。
それは、デモや集会の場に、若い人たちの姿が増えてきたことです。
ティーンエイジャーの子たち。
私と同世代くらいの若い人たち。
そうした人たちが、自分の言葉で社会について考え、声を上げている姿を見ると、とても嬉しくなります。
以前の私は、原発や平和に関する集まりへ行くたびに、どこか居心地の悪さを感じることがありました。
おそらく私が最年少だろうな、と思う場面も少なくありませんでした。
私は原発事故の当事者でもあります。
そのことを知る方々から、
「若い世代として頑張ってほしい」
「これからはあなたたちの世代だ」
そんなふうに声をかけていただくこともありました。
それはありがたいことでした。
けれども同時に、どこか重たいプレッシャーとして感じることもありました。
私一人が何かを背負わなければいけないような気持ちになってしまうこともありました。
そのために、時には足が遠のいてしまったこともあります。
けれども今は違います。
私一人ではないのだと感じています。
若い世代の人たちが、自分なりの問題意識を持ち、それぞれの立場から社会と向き合おうとしている姿があります。
そのことに私は大きな希望を感じています。
そして同時に、これまで声を上げ続けてきてくださった方々への感謝の気持ちも強くなっています。
原発事故のこと。
戦争のこと。
憲法のこと。
環境のこと。
人権のこと。
地域のこと。
さまざまな立場から、社会に一石を投じ続けてくださった人たちがいました。
今も活動を続けている方々だけではありません。
すでに亡くなられた先代の方々も含めて、多くの人たちが歴史を紡いできてくださいました。
その人たちがいたからこそ、今の私たちがあります。
もし誰も声を上げなかったなら。
もし誰も問題意識を持たなかったなら。
私たちは今よりずっと多くのものを失っていたかもしれません。
だから私は、その歴史に思いを馳せたいのです。
感謝したいのです。
そして、その方々が手渡してくださったバトンを受け取りたいと思っています。
何か特別な人になるためではありません。
誰かを導くためでもありません。
ただ、一人の人間として。
この社会を生きる一人として。
学び続けたいのです。
歴史を知り続けたいのです。
そして次の世代へと、そのバトンを渡していきたいのです。
運動も、憲法も、そして私もあなたも。
すべては歴史の中で紡がれてきたものです。
だからこそ私は、この社会の中で生きていきます。
希望を持って、生きていきたいと思うのです。

