保養里親運動Q&A(チェルノブイリの子どもたち)

Q保養里親運動とは?

A放射能で汚染された土地に住み、汚染されたものを食べている子どもたちを1ヶ月の間、放射能から疎開させる活動です。
ホームステイ形式で、日本のごく普通の生活を送ります。自然で滋養あふれる食べ物を食べ、近所の子どもたちとの遊びを通して、体力を回復させるのが目的です。

Qどんな子どもたちが来るのですか?

A白血病や小児ガンといった重病の子どもたちではありませんが、慢性の放射線障害をかかえています。
頭痛・鼻血・腹痛・めまい・貧血・甲状腺肥大・下痢・視力低下・肝臓痛・
関節痛・身体のだるさ、集中力の欠如などの症状を、重複してもっています。今なお汚染地に住む子どもたちの95%に、こうした症状がみられます。

Q1ヶ月の滞在で健康になりますか?

A子どもたちの体調のトラブルの主な原因は放射能を食べることにより内部被ばくと低汚染地帯に居住する慢性被ばくの両方の影響を受けます。汚染されたものを食べていると胃腸が弱ってきて、次第に身体のどこかに影響が出るのです。子どもたちはみな甲状腺障害をわずらっており、いつ発病するのかわからないので「チェルノブイリ・エイズ」と呼ばれています。
また、体内に蓄積されたセシウムの数値が低下し、遺伝子修復のスピードが早まると言われています。
まず、胃腸の調子がよくなり、食欲も増えます。徐々に身体のだるさなどがなくなり、痛みなどの自覚症状もとれていきます。太ったり、背が伸びたり、血色もよくなります。
「放射能がない」という精神面での安心感も大きく、子どもたちに生きる希望を持たせ、元気にするのです。
髪の毛が伸び始めた子もいます。

Q子どもたちはどうやって選ばれるのですか?

A汚染地に住んでいる子どもたちの学校の先生が選びます。世界20ヶ国以上に広がっている活動なので、先生がドイツ・イタリア・日本など招待の希望にしたがってふりわけます。

Qまた汚染地に帰るならやらなくても同じではないですか?

A保養を終えて、元気になった状態は、帰国してから、約半年から1年、または2年持続すると言われています。もちろん個人差はあります。
保養しなければ、放射能が蓄積されていくだけです。減ってまた増えるとしても、保養に出ないよりも結果的には体内放射能値が低いことになります。
また、汚染地は閉ざされた地域ですので、子どもたちは不安感や絶望の中で生活しています。保養は、外の世界を知り、汚染のない所へ移住することの大切さを体験するチャンスでもあります。身体が気持ちいいという体験は、「未来への生きる希望」となるのです。

Q言葉が違いますが日本の子と遊べますか?

A子どもに国境はありません。言葉の壁もありません。
30分も一緒にいると、すぐに遊べるようになります。

Q薬を送った方がたくさんの人を救えると思うのですが?

A実際、子どもたちは発病の予防のために世界中に保養に出ています。夏休みは、政府のサナトリウム、海外保養などで汚染地域に住む子どもたちは探すのが大変なほどです。日本に来る子どもが少なくても、ドイツやイタリアには数万、数千人単位で受け入れています。
また、被ばくしてると抵抗力が落ちるので、ケミカルな薬の副作用に耐えられないという問題も出てきます。被ばく症は発症していなければまず抵抗力をあげて発病の予防をすることに務めることが重要です。
子どもの場合は天然の果物や野菜からビタミンを接収するほうが、ビタミン剤で摂取するより、精神的にも、ずっといいのです。

Q子どもたちを治療してあげないのですか?

A日本では医療保険が外国人に適用されないため、残念ながら医療行為は行なえません。
ドイツやイタリアなどでは医療援助を行っています。p>

Qどうして多くの人が汚染地に住んでいるのですか?

A年間総被ばく量1ミリシーベルト(大人)以上~5ミリシーベルトの地域は、移住するかしないかは、住民が決めることができます。
しかし、ほとんどの人は移住をしてしまい、残された住民は、貧しい農民層、障害者、子沢山の家庭などで、他の地域で生活を新しく再建することを考えつきません。そのため、人々はアルコール中毒になってしまうなど、益々移住することが難しい状況となっています。
放射能の被害が、後遺障害であることを知らないのです。

Q保養に来れない子どもたちにできることは?

Aいちばん重要なのは、汚染地からの移住ですが、これは子どもの足で出てくしか無いでしょう。汚染されていない新鮮な食べ物を供給することが、急務となっています。
保養に来ている子どもたちを「へその緒」として、汚染地のプログラムを充実させていきたいのです。
非汚染の食品の生産のプロジェクトが始まります。

Qチェルノブイリ原発事故について

A1986年4月26日、旧ソ連チェルノブイリ原発の事故で、風下のベラルーシ共和国に死の灰の70%が降下しました。
汚染地には今なお200万人が生活し、そのうち14才以下の子どもたちが80万人と言われています。
(2014年現在、汚染地域の人口は114万人に減少)
被災児を海外へ送る活動は世界17ヶ国に広がりました。ドイツ、イタリアなどではいまだに子どもたちの保養が続けられていますし、ベラルーシ政府により、子どもたちは国内のサナトリムに保養に出ています。
ベラルーシでは、国家予算の四分の一を、チェルノブイリ事故対策に投じ、汚染地域に居住する人々は健康診断が義務付けられています。
子どもたちは、年に24日間はサナトリムで生活をすることになっています。