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100ミリの呪いをとくために…19

今年の4月26日でチェルノブイリ35周年を迎えます。

チェルノブイリ法は、1ミリシーベルト以上は避難の権利だけど、日本は100ミリ以下では、ガンは増えない…という宣伝がゆきわたり、1と100の間をしらべるうちに、心がしおれてきてしまいます。

あきらかにここで嘘、ここで言いつくろい、などなど。そういう人のイヤな面を、書いたり、あげつらったりすることも、してはいますが、ウンザリすることです。

けれど、知らずに被害にあってる子どもたちもいるのかと思うとやはり、目をそむけられないのかなと思います。

今日はALARAの原則について

生涯350ミリまで大丈夫と言ってたイリインさんは、汚染地域に住む人々のつきあげをくらって、相当まいってました。(というのは私の個人的感想です。彼らは国民のことを人間と思ってるかどうかわからないので)

国内の汚染地の国民の窮状をなんとかしたいと思ってる医師や科学者たちと、一部の秘密を共有できてる特権的科学者たちとの対立。(特権派は秘密にしてきた責任を問われて歩が悪かった)。そこにIAEAなどが参戦してくれたので、心強かったかと思います。

「放射線防護」という発想も、チェルノブイリ事故のときに、現実味をおびてきた話だと思います。さて、防護する対象はいったいなんだったのか?という話です。

イリイン氏の主張は「小児甲状腺がんは放射能のせいではない」の一点張りで、被ばくのことをよく知らない専門外のやつらが騒いでる!と思っていたようです。しかし、ソ連原子力ムラの中では、「それは言うな!秘密だ!」が通っても、遺伝子学会とか、低線量の放射線の危険を告発してきた世界中の医師たちの医療被ばくでの論文なども数多く出そろっていた時期でもありました。イリインさんの350ミリはナンセンス、だと世界中で合唱が起こっても、IAEAやヒロシマの重松逸造のゆらぎないサポートもありました。

科学にもとづいて…と言う割には、汚染地域の人々をそんなに大勢移住させたら、経済が破綻する!すべての症状は放射能に対する恐怖心から起こってるんだ!という論法です。

無視していいんだ!というのが科学なのか?結局、彼は、経済のことだけ、国の威信のことだけを主張してる。それなら政治家になればよかった。科学の衣をまとうと真実から離れる。

ALARAの原則を国際原子力機関では、どこかで事故が起こったときのためにちゃんと言ってます。しかし、我が国の総理官邸ホームページから引用したい。

「低い被ばく線量をさらに最小化しようという努力が、その効果に対して不釣り合いに大きな費用や制約、犠牲を伴う場合には、よしとしないということです。」

はあ、それをどういう基準で誰が判断するんだろう。

たとえば、炭鉱などで、生き埋めになった人たちが地下の坑道に生きてることがわかった事件がありました。それで、10人であれ、一人であれ、助けに行きますよね。手をつくして。

けれど…お金かかるから、助けないわ…ということが、原子力には許されるということなんでしょう。

なぜか…。被害がみな同じでは無く、また、時期もバラバラにでるからなのだと思います。

黒い雨裁判…国は控訴しましたが、ALARAの原則の前半、しきい値は存在しない…(どんな低線量でも被害が出ないとは言えない)と言ってるんですがね、また一つ矛盾が出てきました。この矛盾が出てくると、ウンザリする言い訳が出てくるので、残念な気持ちになります。相手が人間に思えなくなるからです。そういう闇は見せてほしくないんですよ。

防護したいのは国民なのか、国や経済なのか?という発想はかなり、間違ってる。

国民を助けない国って、ありえるのか?

100ミリの呪いをとくために…19

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