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100ミリの呪いをとくために…11

今日は3.11 10年目ですね。

日本人が重度の集団健忘症…だと言った人がいますが。本当に。

チェルノブイリはなんだったのか?といえば、低線量を暴き出した科学者たちがいて、それを法律にして実行した…ということにつきますね。

もちろん、市民運動は、保養運動で世界中に低線量被害を訴え、大きな協力を世界中から引き出しました。

放射能のことは難しくて難解で素人は黙ってろ、という意見も多いでしょうが、被害を受けるのは素人なのに?

人を病気から助けられない、予防できない科学なんていらないですよ。

彼ら推進派の言う安全って、因果関係を証明しない範囲ってことですよ。

ベラルーシの研究所の所長さんたちに、今更ながら敬意を表します。

数字で言えば彼らは、グレーゾーン、移住させるかさせないか、議論が起こってた地域の人たち、ベラルーシ・ウクライナ・ロシアあわせて約54万人の人たちに移住の権利を与えることができたのだと思います。彼らを病気の危機から救ったのに。

移住のせいでストレスになる、という得意の責任転嫁が、科学者たちにされていきます。

どこまでも、重鎮たちの、しょうもなさに、がっかりさせられるのですが。

保養運動始めた当初は、よく理解できず「またIAEAの悪口いって」と、私自身、旧ソ連の人だから西側の悪口ばかり言ってると、軽く聞き流していたことを後悔しています。愚かだったんです。

自分たち保養運動が攻撃されていたのも、低線量被害を広げたくない人たちの、企みだったのにね。

起こってる二つのことを一つにつなげられませんでした。

チェルノブイリにかかわった多くの科学者も亡くなり、自分の過ちを認められないがために国民を犠牲にしていった科学者たちもまた、「核」に手をだして、引き返すことができなかった代償なのだと想います。旧ソ連の科学者たちは、ほとほと、まいったという感じでしょう。「これは人類の手におえない」と判断すべきときに判断せず、隠蔽を続けた結果、の悲劇。それがチェルノブイリであって、そのときの事故原因単発というものでない。

あれだけの事故を起こしてまで、事故原因を運転員のせいにして終わろうとしていた、神経もまた、すりきれていたんだと想います。事故隠し慣れ。

IAEAにつらなる国際機関の科学者たちが、「チェルノブイリでユニークな人体実験が行われてる」なんて言って笑ってた野は本当の話です。当時ベラルーシからウィーンまでかけつけるのは、大変だったと想います。

ようやく会場についたら、その話でどっと笑いが起こってたそうです。

当事者性のない科学者というのは、腐った餅のようなもんですね。のびたうどん、でもいいのですが。

小児甲状腺がんのグラフの出典:「誕生前の死」(綿貫礼子+「チェルノブイリ被害調査・救援」女性ネットワーク 藤原書店)

100ミリの呪いをとくために 11

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