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100ミリの呪いをとくために…7 

35年前のチェルノブイリ原発事故。1986年。

1990年には西側の組織といってもいい、IAEAがチェルノブイリ事故調査団を組織して、旧ソ連内で調査をします。約1年間といわれてるその調査は、大方の人が思ってるIAEAのイメージとはかけはなれた、かなりいい加減な調査でした。

まあ、こういうことです。「自分の国のことでもないので、知ったこっちゃない」につきる。何いっても責任がないですから。

しかし、チェルノブイリ原発事故は世界中に放射能をまき散らし、旧ソ連にとっての面目まるつぶれ、西側(いわゆる欧米中心とした資本主義社会)でも原子力産業の危機に直面します。

というわけで、旧ソ連の核開発の重鎮たちと、IAEAのそこはかとない、後ろ手で握手みたいな感じがうまれたわけです。

Netflixで【チェルノブイリ】というドラマをご覧になった方は、レガソフという科学者をご存じかと思います。

彼が裁判で、チェルノブイリという炉の欠陥を指摘するシーンは圧巻です。

彼の師匠が、欠陥炉の設計をしたので、超官僚社会だった旧ソ連では、レガソフの社会的な死、科学者としての未来も途絶されたシーンでした。本当に自殺だったのかどうか…さえ、神のみぞ知る。

しかし、そのレガソフが、事故直後、1986年8月、ウィーンでのIAEAのチェルノブイリ国際検討会議に出席。事故の説明をしなければいけないことがあり、彼がものすごく、そこにあつまった科学者連中を笑わせわきあいあいと、愛嬌をふりまいた(そういうキャラとは思えない)けれど、絶対に欠陥炉のことは言わなかった…そうです。IAEAもまたそこはかとない配慮をソ連代表団に送り、徹底した質疑応答による追求はさけたそうです。思いやり…?

私たちが救援に入ったときは、意味不明な「やたら怖いおれは偉いんだぞオーラ」を放つ高級官僚がいて、どう対応したらいいかわからず困ったことを覚えています。税関やら、なんやらそこかしこにいて、あれこれクレームつけてくるのです。

チェルノブイリ事故はそうした、恐ろしく硬直化した官僚制度への長年の怒りもよびさましたんだろうな。と今では思います。

それでも、やはり、国民を守りたい…という科学者たちが、しっかり、策をめぐらせて、次の闘いに備えていました。

科学者同士、あっというまに、仲良く結託できるなら、米ソ冷戦が、まったく無意味なことだったとわかるはです。

高級官僚の怖さ…。ゴルバチョフ大統領にさえ、情報が入らないのは、こういう人たちの暗躍のせい。

100ミリシーベルトの呪いをとくために…7

 

 

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