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重度障害者を国会議員へ 木村英子さんへのエール

今まで、福祉の当事者を国会へ‥という声が出てこなかったことは、まさに、盲点。

血の通った福祉政策がなぜできないのか?どの政党が悪いというより、誰も本気じゃなかったのかな、と思います。

「万引き家族」という映画をごらんになった方、思い出してみていただけませんか?万引き家族、子どもが保護されて、世間の常識、福祉の職員が子どもの側になって、彼らなりのやりかたで子どもを保護していたことをなじり、批判します。けれど‥面倒を見ないお母さんのところへ返された女の子が哀れでなりませんでした。

私の知人も、障害をもっていて、結局老人の施設に入るしか無く、お風呂は週に二回です。誰もがテレビドラマに出てくる、やすらぎの里のようなゴージャスなホームへ入れるわけがないんです。けれど、そのための税金なんじゃないのかな?って思います。

私は党派を超えて、重度障害をお持ちの彼女を国会へ送って、福祉政策を当事者自らがつくっていく、その道を開いていただくことで、恩恵を受けるのは、実は、今、健常者と呼ばれてる私たちなのです。明日そうならないと、誰が断言できるでしょうか?つまり、彼らが道を開いてくれてる。

総理大臣も、「こんな夜中にバナナかよ」をご覧になってとっても感動されたとおっしゃって、大泉洋さんとお写真とられていましたね。

(ちなみに、三浦春馬さん演ずる男性、鹿野ボランティアさんが、チェルノブイリへのかけはし募金者第一号様です。)

映画の主人公の鹿野さんもボランティアの方々に支えられて、自立生活を送り道を開いてこられました。

今札幌市では、障害者の自立生活を公的に保証される制度が整ってきてます。

なのに老人ホームへ送られる‥ってなんだろう?それは問題です。

ボランティア団体としては、ボランティアから福祉政策への移行こそ、王道だと指摘させていただきます。

福祉の問題は、当事者の意見を聞いているようでご都合主義が多いので、私は本当に木村さんが国会へいき、彼女たち重度障害国会議員のバリアフリーを実現した方が、高齢の国会議員が多い議場のバリアフリーの道が開けると思いますよ。

いつの時代も、悪しき常識を廃止し、社会を進化させる人というのは現れるものです。

子どもたちにはこういう方々を見て、いともかんたんに自殺などの道へひきずりこまれぬよう、生き方を知ってほしいと思います。

自宅の前で野宿されたお話に涙がこぼれそうになりました。

木村英子~重度障害者として生きること

一人でも多くの障害者が施設ではなく地域で生きていけるように

熱烈な伝言をいただきましたのでお伝えさせていただきます。

「しらいしきよはるさんがお書きになったメールです。鈴木絹江さんから応援!拡散お願いします」ということで、メッセージをいただきました。

「参議院選挙に行きましょう。 みんなで政治を考え、日本に真の民主主義を創り出すために、
一人でも多くの国民が選挙に行って、日本の未来を決める尊い一票を入れましょう。
その上でお願いがあります。
山本太郎「れいわ新撰組」を応援してください。 特定枠の第二位に木村英子さんという障碍者であり女性が立候補しています。
私が相模原にいた時分に、当時まだ20代で若かった石本隆司さんという脳性まひの青年がいて、共に運動を行なっていました。
その石本さんの先輩が木村英子さんと聞いて、私も応援することにしました。 木村英子さんが国会議員になれば、国会議事堂をバリアフリーにしなければなりません。
それに、木村英子さんは重度の障碍者なので、ヘルパー同伴で国会に行かなければなりません。
重度の障碍者が国会議員になることにより、国会のハード面、ソフト面を変えていかなければなりません。
重度の障碍者が国会議員になることにより、これまでおかれてきた障碍者差別の現状を報告し、障碍者が日本において、健常者の皆さんと対等に生きていくことのできる社会の創造に少しでも近づくのではないでしょうか。
木村英子さんは街頭演説で、障碍者施策において二つの提案をしていました。 一つは、介護保険と障害者総合支援法の統合は絶対に許してはならないこと。 二つ目に、障碍児と健常児が一緒の学校で溶け込むことのできる「インクルーシブ教育」を進めること。を話していました。
木村英子さんが国会議員になった暁には、次に掲げる課題にも向き合ってほしいと思います。
私が取り上げたい課題は、
①旧優生保護法下で行なわれた優生手術に対して、政府は真摯に謝罪して、手術された人たちに対してそれなりの賠償金を支払うこと。また、旧優生保護法がつくられた背景の「優生思想」に対する闘いを行なっていくこと。
②自立をしている障碍者に対して、地域での生活が楽になる所得保障の充実を目指す。
③重度の障碍者が施設に頼ることなく、地域での自立が達成できる環境を整えることこと。
れいわ新撰組にエールを送ります!」

 

【動画&文字起こし全文】「れいわ祭」19.7.12 東京・品川駅港南口【木村英子】

皆さん、初めまして。木村英子です。本当だったら、今頃、私は施設の中にいるはずでした。なぜなら、生活のすべてに介護が必要な重度障がい者は、親が介護できなくなれば、施設しか行き場がありません。

私は生後8ヶ月の頃、障がいを負って、物心ついた時から施設と養護学校で育ちました。皆さんは施設の実態を知っていますか? 施設では、起床から始まり、トイレや食事、入浴など、すべてが時間で決められており、外出も出来ず、時には職員からの嫌がらせや虐待も受けます。健常者の人が当たり前に持っている自由が、施設ではすべて奪われてしまうのです。そして、一度施設に入ってしまったら、地域へ出ることは容易ではありません。

私の友人の多くは、皆んな、今も施設にいます。死ぬまで外へ出ることができない人たちが、ほとんどです。私も例外ではなく、養護学校を卒業したら、施設に入れられるはずでした。19歳の時、親や教師の反対を押し切って地域へ出てこなかったら、私はここで、皆さんの前で、話すことはなかったでしょう。もし、もし、私が国会議員になったら、やりたいことが2つあります。ひとつは介護保険と障がい福祉の統合の反対です。障がい福祉と介護保険を統合しようとしている国の流れの中で、地域で暮らしている障がい者の生活は、今、壊されようとしています。

皆さんは介護保険を知っていますか? 介護保険は私たち重度障がい者のために作られた制度ではありません。私たち重度障がい者に必要な制度は、きちんと衣食住が保障され、生きがいを持って生きていける人権と権利が保障される制度です。

しかし、今の現状は、1人暮らしの障がい者が65歳になった途端に、障がい福祉が切られ、介護保険に組み込まれて、介護時間を減らされて、外出も出来なくなり、お風呂にも入れない仲間がいます。自分でベッドに移れず、ずっと座椅子の上で寝ることしかできなくて、褥瘡(じょくそう)ができ、食事も1日1回しか食べられない、そんな悲惨な状況の人もいます。介護保険の実態は、重度障がい者に対して、1回の派遣時間がたった30分とか、多くても1時間前後。それでどうやって生きていけって言うのでしょうか?

介護者がいなければ生きていけない重度障がい者は、すべてを我慢しろというのでしょうか? 私は施設でずっと我慢をさせられてきました。私はもう我慢することはできません。今のままでは、せっかく命がけで地域へ出てきたのに、介護保険と障がい福祉の統合によって、私たちは施設に戻されてしまいます。私は絶対に施設に戻りたくありません。だから、命がけで、今、ここに立っています。障がい者が当たり前に地域で生きられるために、介護保険と障がい福祉の統合を反対していきたいと思っています。

ふたつめは、「インクルーシブ教育」の実現です。それは障がい児と健常児を分けないで、同じ場所で学び合う教育です。私は、18歳まで養護学校で育ち、外の世界を全く知りませんでした。養護学校では全くと言っていいほど、地域のことは教えられて来ませんでした。同い年の健常者の友達ができたのは、19歳の、地域に出てきてからです。初めて私が外に出た時、外の広さや人の多さに驚かされました。私は、電車の切符の買い方も知らなかったし、車道と歩道の区別も分かりませんでした。それ以上に、障がいを持っている私をジロジロ見る周りの目に耐えられずに、当時の私は顔を上げることができませんでした。

地域のことを何も知らない自分に愕然とし、同時に重度障がい者が、地域で生きていく環境が、何も整っていないこの社会に怒りを覚えました。
そんな私がこの社会に慣れていくのに、35年もかかりました。その分けられてきた弊害に今も生きにくく、苦しんでいます。
現在、文科省は、障がい児とその家族が望むなら、普通学校に行くことは自由だといっています。しかし実際には、普通学校にはバリアフリーが整っていないという理由と、専門家の職員がいないという理由で、特別支援学校に入らざるを得ない子どもたちがたくさんいます。

障がい児と健常児を分ける教育は、子どもたちの支え合う関係を断ち切り、差別を簡単に生み出します。そして支え合う心が育たず、虚しさが蔓延し、とても冷たい社会になってきています。障がい者を知らなくて育った人が、大人になって、どう接したらいいのかわからず、お互いの関係がつくりにくくされている。そんな現状の中で今、介護の職場の人手不足が深刻です。

やまゆり園の障がい者殺傷事件の犯人が言ったように「障がい者は生きる価値がない」という、とんでもない考え方を持ってしまう、こんな現状を根本から変えるためには、共に学び合えるインクルーシブ教育が、私は大切だと考えています。

介護保険と障がい福祉の統合の反対と、インクルーシブ教育の実現。この2つを私は国会に提案していきたいと思っています。
これから私たち重度障がい者が、皆さんと同じように、地域で当たり前に生きていく社会をつくっていきたいと思います。皆さんありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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